日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。
Risk factors associated with open gingival embrasures after orthodontic treatment
Angle Orthod. 2018 May;88(3):267-274.
Sang Su An, Yoon Jeong Choi, Ji Young Kim, Chooryung J Chung, Kyung-Ho Kim
緒言
「ブラックトライアングル」とは、コンタクト下の下部鼓形空隙が歯肉によって満たされていない状態である。
これは、審美的な問題だけでなく、慢性的に食渣が挟まることによる歯周病的な問題の原因にもなり得る。
審美的な要求が高い成人の矯正治療において、ブラックトライアングルは38.0-43.7%に認められるとの報告がなされている。
その原因は様々で、矯正治療により歯と歯の中隔の歯肉線維が引き伸ばされることに加え、歯周組織の反応、歯の形、叢生の量、歯槽骨の高さ、歯軸の角度、年齢などが挙げられる。
このブラックトライアングルの好発部位は一般的に上顎中切歯間であり、治療法としてはエナメル質の隣接面削合や歯軸の改善などがある。
In vivoの研究により、ヒアルロン酸を注射する方法も報告されている。
最近の研究によると、矯正的な歯の移動によってもブラックトライアングルが生じることがあると報告されている。
本研究の目的は、矯正治療後のブラックトライアングルの発生率と、矯正治療においてブラックトライアングルに関与している要因を調査することである。
対象
2010年7月から2011年5月までの間にthe Department of Orthodontics, Gangnam Severance Dental Hospitalにて矯正治療を終了し、治療前(T1)と治療後(T2)の口腔内写真の正面観、L-R、ペリアピカルと模型が揃っている患者さんを対象にした。
以下の除外基準を設けたところ、320人の患者さんの中から100人(男性: 29人、女性: 71人、平均年齢: 24.7±7.6歳)を対象にした。
・上顎中切歯の先天性欠如を認める。
・歯周病を有する。
・矯正治療の既往がある。
・術前に上顎中切歯間にブラックトライアングルを認めるか、修復処置を認める。
・矯正治療中に上顎中切歯間のエナメル質隣接面削合を行った。
平均的な動的処置期間は23.6±10.7ヵ月で、治療中に予防処置や口腔内の衛生指導を定期的に行った。
方法
ブラックトライアングルの重症度の分類
初診時の口腔内写真の正面観において、上下顎中切歯間のブラックトライアングルの有無と重症度を評価した。
歯間乳頭部の歯肉について、コンタクトポイントと歯肉辺縁を基準にし、Jemit indexにて分類した。
具体的には、「ブラックトライアングルが認められない」、「軽度ブラックトライアングルが認められる」、「中等度ブラックトライアングルが認められる」、「重度ブラックトライアングルが認められる」、とした。
L-Rによる歯の移動量の計測
術前と術後のL-Rを一番重なるところで重ね合わせをし、上下顎前歯切縁の垂直的ならびに水平的な移動を、SN平面、SN平面に垂直な平面、下顎下縁平面を基準に計測した。
上下顎前歯歯軸傾斜角についても、その変化をSN平面と下顎下縁平面を基準に計測した。
ペリアピカルによる歯の形、歯軸、歯槽頂の計測
歯の長さと歯軸の計測
the ImageJ program(National Institutes of Health, Bethesda)を用いた。
拡大率によるエラーを防止するため、ペリアピカルのフィルムに4mmの金属のビーズを張り付けた。
中切歯の歯の形は、近心のセメントエナメル境(CEJ)と中切歯間のコンタクトポイントを計算し、歯冠の長さとした。
中切歯間コンタクトポイントの最も歯肉寄りの点をICP(the interproximal point)と定義し、左側中切歯の歯冠長を計測した。
隣接歯に対する歯軸同士のなす角度を計測し、歯軸と定義した。
T2時の中切歯近心CEJ間の距離も計測した。
ICPから歯槽頂(ABC: the alveolar bone crest)までの距離を計測し、T1-T2での変化量を計算した。
ABCは、歯根膜腔が正常の幅である条件下で歯槽骨頂の最も歯間寄りの点と定義した。
模型による叢生量の測定
術前と術後の中切歯切縁間の前後的(A-P)と左右的な距離を、上下顎の模型を咬合面から写真撮影した。
上顎については正中口蓋縫合、下顎については両側第一大臼歯近心を結んだ線に対する垂線を基準平面にした。
A-Pと左右的に、中切歯間の最も近心の点同士の重なりを基準線と平行もしくは垂直に測定した。
捻転は、2つの切縁のなす角度と定義した。
結果
・矯正治療後にブラックトライアングルが認められたのは、上顎で22%、下顎で36%だった。
・上顎では中等度もしくは重度の方は認められなかった。
一方、下顎では重度の方が認められなかった。
・ブラックトライアングルの発生において性別による有意差は認められなかった。
・上顎において、舌側移動量、術後のABC-ICP間距離、A-Pの重なりが、ブラックトライアングルが認める群と認められない群とで有意差が認められた項目であった。
・下顎において、舌側傾斜量、圧下量、術前と術後のABC-ICP間距離と変化量が、ブラックトライアングルが認める群と認められない群とで有意差が認められた項目であった。
・歯の形態について、ブラックトライアングルが認められた群ではトライアングルの形が有意に多かった。
・下顎のブラックトライアングルの重症度の評価において、圧下量のみが中等度の方で軽度の方よりも大きかった。
・単回帰分析の結果、上顎については年齢、切歯の水平的な移動、術後のABC-ICP間距離、A-Pの重なりが有意な項目だった。
下顎については、下顎下縁平面に対する歯軸の変化、垂直的な移動、術前と術後のABC-ICP間距離と治療による変化量、歯の長さが有意な項目だった。
・多回帰分析の結果、上顎については年齢、切歯の水平的な移動、術後のABC-ICP間距離、A-Pの重なりが有意な項目だった。
下顎については、術後のABC-ICP間距離のみが有意な項目だった。
考察
・今回の研究では、矯正治療後のブラックトライアングルの発生率は22-36%であることが示された。
性別、治療期間、年齢はブラックトライアングルの発現に有意な関与は認められずなかった。
年齢とブラックトライアングルの発生との相関関係については議論の余地があり、関与しているとしている文献とそうでない文献とがある。
この矛盾は選択基準と除外基準の違いにあると考えられ、今回の研究では歯周病を有する方は除外した。そのため、年齢に対する過小評価がなされたと考えることができる。
・術前の叢生量とブラックトライアングルの発生との相関関係についても議論の余地がある。
矯正治療による歯の移動中の歯肉線維の伸長や歯肉の厚みの減少はブラックトライアングルの発生に影響すると考えられる。
The arch length discrepancyが4mm以上の場合はブラックトライアングルの増加の可能性があるという報告がある一方、叢生はブラックトライアングルに対して有意な項目ではないとの報告もある。
今回の結果では、叢生に関して、A-Pの重なりのみが有意な項目だった。
オッズ比は2.2であり、これはもしもA-Pの重なりが1mm増加するごとにブラックトライアングルの増加が2.2倍になるということを示している。
・水平的な重なりについては過小評価された結果だった。
その理由として、切歯切縁の最も近心の点はコンタクトポイントから離れており、水平的な重なりについては実際の重なり量よりも少なく計測されたためと考えられる。
・矯正治療によるさまざまな歯の移動様式においてし、多回帰分析の結果、上顎では舌側への移動のみが有意な項目であった。
舌側への移動に対するオッズ比は0.845で、これは、上顎中切歯が1mm舌側に移動するごとにブラックトライアングルの増加のリスクが1.18倍になるということを意味している。
以前の報告では、唇側への移動もブラックトライアングルの増加のリスクになると報告されている。
その理由は、歯肉辺縁の高さが減少することでブラックトライアングルが発生しやすくなり、唇側への移動により同部が薄くなる傾向にあるからである。
・今回の研究では、上顎前歯について19人の患者さんで唇側への移動がなされており、その平均値は1.58mmだった。
この19人のほとんどにブラックトライアングルは認められず、1人の患者さんにのみ中等度のブラックトライアングルが認められた。
近年の研究において、唇側への移動とブラックトライアングルとの間に強い相関関係が認められない理由の1つに、唇側への移動量が少ないことが挙げられると考えられる。
・多回帰分析において、上下顎において、術後のABC-ICP間距離が有意な項目であった。
今回の研究では、ブラックトライアングルが認められない群の上顎で5.06mm、下顎で4.97mmだったのに対し、認められた群の上顎で5.51mm、下顎で5.85mmだった。
この結果は、過去の報告と一致しており、その研究では、ABC-ICP間距離が5mm以上の場合はブラックトライアングルが発生するリスクになるとしている。
・過去の研究において、矯正治療中にABCが低下することが報告されており、「上顎前歯部では平均0.29mm歯槽骨の吸収が認められる」、「歯槽骨のサポートが平均2.24%減少する」、「矯正治療を行った方の36%において上顎6前歯間歯槽骨の歯槽骨の高さが減少する」などの報告がなされている。
今回の研究では、例外的に数人に増加は認められたものの、ほとんどの方の術後でABCの高さの減少が認められた。
そのため、もしもABCの吸収によりABC-ICP間距離が増加した場合、矯正治療がブラックトライアングルの発生要因になり得ると考えられる。
・下顎について、前歯の圧下がブラックトライアングルの発生と有意に相関する結果であった。
多回帰分析では検出されなかったものの、圧下量がブラックトライアングルの認められた群で認められなかった群と比較して有意差があり、軽度ブラックトライアングルの方よりも中等度ブラックトライアングルの方でより多く認められた。
歯を圧下する際、口腔内の衛生状態がABCの位置に影響を与える。
下顎前歯部は歯石が沈着しやすく、これも圧下中の間接的な要因になり得ると考えられる。
そのため、臨床的には、下顎前歯を圧下する際にはブラックトライアングルが発生しやすい状況であることに注意すべきである。
・ブラックトライアングルの発生は、歯肉の形態にも影響を受ける。
ブラックトライアングルは、long-wide、long-narrow、short-wideのタイプの歯肉で認められた。
これより、ABC-ICP間距離が長いことがブラックトライアングルの発生に有意に相関していると考えられる。
・歯軸もブラックトライアングルの発生に関与しているとの報告もなされているが、今回の研究ではそうではなかった。
この理由は、矯正治療を行った方の歯根はほとんど平行であるためと考えられる。
そのため、ABC-ICP間距離、歯の形、CEJ間距離、歯軸などの歯肉の形態的な要因に係わるものについては、複合的に考えていく必要がある。
・今回の調査では中切歯を対象にしたが、側切歯の方が審美的に問題になることが多い。
今回中切歯を対象にした理由は、側切歯部の口腔内写真は中切歯部よりも歪みが生じやすく、再現性も低いためである。
・臨床的に、ブラックトライアングルは唾液などによりマスクされやすいことがある。
しかしながら、ブラックトライアングルに影響を与える要因を理解し、適切な処置を行うことで矯正治療中のブラックトライアングルの発生を抑えることが可能である。
まとめ
・今回の研究において、矯正治療後のブラックトライアングルの発生率は22-36%だった。
・上顎では前歯の舌側への移動、動的治療後のコンタクトポイント-歯槽頂間距離、術前の中切歯の前後的な重なりがブラックトライアングルの発生に関与していた。
また、下顎では的治療後のコンタクトポイント-歯槽頂間距離がブラックトライアングルの発生に関与していた。
・下顎前歯の大きな圧下は、ブラックトライアングルを重症化させる要因である可能性が示唆された。