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矯正治療: リテーナーと歯周組織の関係性について

カテゴリ:Retainer

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

Impact of orthodontic retainers on periodontal health status assessed by biomarkers in gingival crevicular fluid.

Angle Orthod. 2011 Nov;81(6):1083-9. 
Rody WJ Jr, Akhlaghi H, Akyalcin S, Wiltshire WA, Wijegunasinghe M, Filho GN.

緒言

 動的治療終了後の長期安定性のためには、リテーナーを数年-数十年使用することが良いという報告がある。
    しかしながら、Systematic reviewによると、保定に関して臨床的にいつまでつづければよいかというデータはないと報告されている。
この、リテーナーの長期使用において、歯周組織の状態を評価することも重要である。
 歯周病を臨床的に評価する方法は、費用対効果に優れているが、それが活性化しているのか不活性化しているのかについてまで判断するのは困難である。
    Gingival crevicular fluid(GCF)は血清と炎症性タンパク質の混合物で、生化学的に分析する方法は、非観血的に宿主の歯周病に対する反応を評価する方法である。
    細胞外分解酵素9(MMP-9)は、主に単球もしくはマクロファージから分泌され、歯周病の患者さんに対して有意なマーカーであるため、歯周病の重症度や初期歯周病を判別することが可能である。
    インターフェロンγ(IFN-γ)は炎症性サイトカインで、歯肉炎や歯周病によって増加する。
    また、インターロイキン10(IL-10)は抗炎症性サイトカインである。
    これらのサイトカインは免疫と炎症の反応に大きな役割を担っている。
 そこで、本研究では、GCFを用いて、リテーナーの装着における歯周組織の状態を評価した。
 

対象 

    本研究開始の少なくとも4年前にマルチブラケット装置を用いた動的治療を終了しており、全身疾患がなく、少なくとも6ヵ月以内に歯周処置を行っていない31人(男性: 17人、女性: 14人、20-35歳)。
    喫煙者と常用薬を服用している方は除外した。
この患者さんを、以下の3群に振り分けた。
・Fix: 下顎犬歯-犬歯に固定式保定装置(0.028” SS)を使用している10人
(男性: 3人、女性: 7人、平均年齢: 28±4.9歳)
・Rem: 下顎にHawleyタイプを夜間のみ使用している11人
(男性: 9人、女性: 2人、平均年齢: 24±3.6歳)
・Cont: 対照群として、動的治療終了後にリテーナーを使用していない10人
(男性: 5人、女性: 5人、平均年齢: 26.9±4.22歳)

    なお、保定期間の平均年数は5.6年(4-10歳)であった。

 

評価法 

・それぞれの患者さんにおいて、下顎左側中切歯舌側と下顎左側第二小臼歯舌側においてGCFを行った。
この部位の選んだ理由は、Fixにおいて、装置が付いている部位と装置が付いていない部位をはっきりと分けることができるためである。
・ポケット深さ(PD)、歯肉の出血(BOP)、プラークの蓄積(PA)について、0か1の二分法にて評価した。
なお、BOPに関しては、プローブ挿入15秒後に出血した場合を陽性にし、PAに関しては、歯頚部にプラークが可視できる場合を陽性にした。
・GCF測定においては、事前に縁上プラークをプラスチック スケーラーで除去し、10秒間エアーにて乾燥させ、コットンロールにて防湿し、対象歯にペーパーストリップスを30秒間挿入してGCFを採取し、-80℃下でバイオマーカー分析を行った。

 

結果

・3群において性別と年齢に有意差はみられなかった。
・Fixにおいて、前歯部でPAが多く認められた。
   また、前歯部でのGCFは他の群と比較して高かったが、有意差は認められなかった。
   その他の項目に関しては群間内で有意差は認められなかった。
・Remにおいて、小臼歯部でIL-10とIFN-γの割合が有意に高かった。
・Fixにおいて、前歯部でMMP-9の割合が有意に高かった。
・群間内比較において、前歯部でのMMP-9の割合が有意に異なり、小臼歯部でのIFN-γの割合が有意に異なっていた。
   また、IL-10においては前歯部と小臼歯部の両方で有意差は認められなかった。
・GCFについて、全体的に小臼歯部でより高い割合であったが、小臼歯部と前歯部とで有意差が認められたのはRemのみであった。
・Remにおいて、小臼歯部でのIL-10(35.1pg/mL)、IFN-γ(200pg/mL)、MMP-9(12,700pg/mL)は前歯部と比較してどれも有意に高かった。

 

考察

・今回の結果から、FixにおいてPAは有意に増加していたものの、臨床的な歯周組織の健康状態は固定式装置の影響を受けてはいなかった。
   過去の研究においても、通常通りのT.B.I.を行ったにも関わらず、固定式装置装着24ヵ月後にはPAが増加していたとの報告がなされている。
   別の研究では、保定開始6ヵ月後の固定式保定装置を装着した患者さんにおいて、PAはわずかに増加していたものの、歯肉炎の程度に有意差はみられなかったと報告されている。
・可撤式保定装置と固定式保定装置との口腔衛生状態の比較を行う研究の多くは犬歯-犬歯間であることが多いが、今回の研究では、固定式保定装置の影響を受けない小臼歯部についても併せて調査した。
・今回の研究で興味深い点は、Remにおいてのみ前歯部と小臼歯部とでバイオマーカーの凝集度に有意差が認められた。
   この原因は2つ考えられ、1つ目は、可撤式装置の床が臼歯部の歯周組織を刺激したことと、2つ目は可撤式装置により小臼歯部の歯の移動が生じ、これがGCFレベルを引き上げたことである。
   過去の研究においても、動的治療中にIL-10、IFN-γ、MMP-9の増加が認められたと報告されており、今回の研究ではPA、PD、BOPに群間内の差がなかったことを合わせて考えても、後者の理由が強い可能性が推測される。
・歯周病だけでなく歯の移動においても歯周組織内にサイトカインが発現する。
   動的治療においては、牽引側にIL-10が、圧迫側にIFN-γが発現することが知られている。
   これらのことから、Remにおいて異なるバイオマーカーが発現した理由は後戻りか、もしくはSettlingによるものである可能性が考えられる。
   そして、Fixは犬歯間であるのに対し、RemはHawleyタイプであるため、装置を装着していない間に後戻りをした歯が、リテーナーを装着することで動かされるため、GCFの凝集が認められたと考えられる。
   矯正治療におけるもっとも一般的な後戻りを生じる部位は下顎前歯部であることを考えると、この反応が前歯部では見られなかったことはとても興味深いものである。
   可撤式装置により下顎臼歯部の動きをしっかりと抑えることができたため、臼歯部の近心移動を防ぐことができ、前歯部の後戻りを防ぐことができたためと推測される。
・今回の研究では、固定式保定装置と歯周病との間に正の相関関係は認められなかった。
   しかしながら、Fixの前歯部において、可視的にプラークが確認できる部位でMMP-9が高濃度に検出された。
   また、注目すべきことは、有意差は認められなかったものの、Fixの前歯部でGCFが増加していた。
   多形核好中球由来のMMP-9は、ヒトの歯周組織、GCF、唾液中で多く認められる。
これは、炎症の有無にかかわらず、プラークがGCF内のMMPsを増加させる要因になっているということである。
そのため、固定式保定装置を使用している患者さんのMMP-9の増加がすなわち歯槽骨の吸収につながるかどうか、はっきりということができない。
   近年の研究では、MMP-9と歯周病の医感染性についての相関関係が報告されているが、さらなる詳細な研究が必要である。
そのため、MMP-9の上昇は、保定観察中の患者さんにとって重要な意味を持つ可能性があることを考慮しておくべきである。
・今回の研究では、n数が少ないため、統計的な信頼性が強くない。
特にRemでは、ほとんどの患者さんが保定開始数年後にはリテーナーを毎日は使用しなくなるため、選択基準においては厳密に行うべきである。
また、通常GCFの容量が少ないため、これを用いた分析が容易でないことも今後の課題であると考えられる。

まとめ

・固定式保定装置を用いた患者さんにおいて下顎前歯部にMMP-9の増加が認められたことは、不顕性の炎症が生じている可能性がある。
・可撤式保定装置を用いた患者さんにおいて下顎小臼歯部にIL-10とINF-γの増加が認められたことは、可撤式保定装置によって臼歯部に矯正力がかかったためである可能性がある。

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