院長ブログBlog

矯正治療: 下顎前歯部の抜歯

カテゴリ:Three incisor

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

Mandibular incisor extraction–postretention evaluation of stability and relapse.

Angle Orthod. 1992 Summer;62(2):103-16.
Riedel RA, Little RM, Bui TD.

 

緒言

    叢生に対する非抜歯の治療は、後戻りが生じやすいと報告されている。
また、矯正治療において下顎歯列弓長径と犬歯間幅径を変化させることは、それらを増加しても減少させても、保定期間中に減少するといわれている。
    しかし、抜歯による治療が必ずしも後戻りが生じないかというとそうではなく、犬歯間幅径の過度な増加やアーチフォームの変更、術前の叢生の状態、保定期間の長さなどが影響すると考えられる。
    小臼歯4本の抜歯を伴う矯正治療では、歯列弓の拡大もしくは収縮をしたとしても、いずれにしろ下顎の犬歯間幅径が減少し、動的処置後の前歯部の叢生の後戻りが生じやすいといわれている。
    また、便宜抜歯を行うことで臼歯間幅径についても減少する傾向にある。
    永久歯列期において第一小臼歯の抜歯を行った65人の患者さんにおいて、動的治療終了後10年間以上の経過観察を行い、下顎前歯の叢生の後戻りの傾向を調査した研究では、治療開始前の叢生の状態や年齢、性別、臼歯関係などは、下顎前歯部の後戻りに関してどれも有用な基準ではなかったため、下顎前歯のAlignmentにおいて、その反応は予期することができなかったと報告している。
この研究において、70%の患者さんは保定期間中に下顎前歯部の後戻りが認められた。
初診時に軽度叢生を認める患者さんでは、保定期間中に中等度の叢生が認められた。
そして、この患者さんにおけるセファロ分析を行った結果、長期間の下顎前歯の後戻りに関する有効な手がかりは見つからなかったとされている。
    別の研究において、10-20年の長期観察を行ったものも同じような結果を示していた。
後戻りはこの長期間にわたって増加していたが、最初の10年間と比較すると、その程度は減少していた。
そして、わずか10%の患者さんにおいてのみ下顎前歯部の経過観察期間におけるAlignmentは臨床的に許容できるものであった。
    下顎歯列弓の叢生の程度が重度の患者さんにおいては、下顎前歯部の1本以上の抜歯が、永久保定をする以外で唯一の下顎前歯部の安定性を得ることができる方法であるとの報告もされている。
    これを裏付けるように、矯正治療を行った、2本の下顎前歯の先天性欠如の患者さんにおいて20年間の観察を行った研究では、非常に安定した結果が得られていたと報告されている。
    また、下顎前歯2本の便宜抜歯を行った患者さんにおいても、小臼歯の抜歯を行った患者さんと比較して10年の保定期間の観察で、安定性の結果が良かった。
この研究のまとめとして、「下顎前歯2本の抜歯は犬歯間幅径を拡大することがないため、歯列弓のアーチフォームを確実に維持することができる。一方、非抜歯や小臼歯抜歯では、適切なAlignmentとアーチフォームの形成のために犬歯間幅径が必ず拡大されてしまう」と結論付けられている。
    過度の叢生や唇側傾斜が認められ、歯肉や歯槽骨の退縮を伴う場合は、下顎前歯の抜歯が有効である。
しかし、下顎前歯の抜歯による叢生の改善法には議論の余地があり、Edward H. Angleによる抜歯の哲学によると、下顎前歯が健康である場合、抜歯を行うべきではないとされている。
また、Three incisorは、歯と咬合平面との調和がとれず、Over biteも不適になってしまうと考えられている。
     しかし、下顎前歯の抜歯においては、症例を選べば、治療のメカニクスを単純化することができ、良い結果を得ることができるという報告や、動的治療期間を短縮させることが可能であるとの報告も認められる。      そこで、本研究のでは、下顎切歯を1本もしくは2本抜歯し、従来のEdgewise法を用いて矯正治療を行った後の下顎歯列のAlignmentの安定性を調査した。

対象

・Group 1 – 下顎前歯1本の抜歯を行い、矯正治療を行った24人(平均年齢: 19歳10ヵ月、平均治療期間: 2年6ヵ月)
Class I: 12人、Class II div 1: 6人、Class II div 2: 6人
・Group 2 – 下顎前歯2本の抜歯を行い、矯正治療を行った24人(平均年齢: 15歳2ヵ月、平均治療期間: 2年)
Class I: 9人、Class II div 1: 7人、Class II div 2: 2人
なお、下顎前歯1本が先天性欠如で、その他に1本の抜歯を行った場合はGroup 2とした。

評価法

    動的治療開始時(T1)、動的治療終了時(T2)、Group 1は保定開始6.6年後、Group 2は保定開始9.9年後(T3)において模型採得とセファロの撮影を行った。
また、どの患者さんにおいても後戻り防止のためのFibrotomyは行わなかった。
    計測項目は以下の通りである。
模型分析
・Irregularity Index
犬歯-犬歯間に欠損がない場合、計測箇所は6ヵ所であるが、1本抜歯の場合は計測箇所が5ヵ所となり、2本抜歯の場合は両側小臼歯を犬歯と見立て、計測項目は6ヵ所とした。
0: 非常によくAlignmentされている
1-3: わずかな叢生が認められる
4-6: 中等度の叢生が認められる
7-9: 重度の叢生が認められる
10: 非常に重度の叢生が認められる
・下顎犬歯間幅径
両側犬歯の尖頭間の距離を測定した。
・下顎大臼歯間幅径
両側第一大臼歯近心咬頭頂間の距離を計測した。
・下顎歯列弓長径
両側第二小臼歯最遠心から下顎中切歯接触点までの距離を左右それぞれ測定し、それの和を計算した。
もしも両側中切歯が接触していない場合はその中点を、片側中切歯が欠損している場合は残存している中切歯の近心を利用した。
・Over bite
・Over jet
セファロ分析
・SN – Pg
・ANB
・SNA
・SNB
・Interincisor angle
・OCC p – SN
・L1 – Mp
・L1 – NB
・Y-axis – SN
・Lower anterior facial height
・Upper anterior facial height
・Total anterior facial height(TAFH)
・% nasal height
・Mp – SN
・Lower posterior facial height
・Upper posterior facial height
・Total posterior facial height(TPFH)
・Ratio TPFH TAFH
・S – Ar – Go angle
・Gonial angle
・Mn length
・Symphysis inclination
・L1 – FH
・Horizontal position of L1
Y軸において、中切歯切縁 – 第一大臼歯近心までの水平的距離
・Vertical position of L1
x軸において、中切歯切縁 – 第一大臼歯咬頭までの垂直的距離
・Angulation of L1
中切歯歯根尖 – 中切歯切縁の中点を結んだ線とx軸とのなす角

なお、下顎の重ね合わせはBjorkの方法を参考にし、Symphysisの内側の輪郭と下顎管、第三大臼歯の歯胚が一番重なるところを基準に行った。
また、X軸は咬合平面と垂直で第一大臼歯近心面を通る線、Y軸はX軸の垂線とした。

結果

・Irregularity indexにおいて、Group 1でT1 – T2は-1.44±0.77、T2 – T3で+0.33±0.34であり、それぞれに有意差が認められた。
    Group2ではT1 – T2は-1.96±0.85、T2 – T3で+0.36±0.34であり、それぞれに有意差が認められた。
    両群ともに後戻りが認められたが、T1 – T3では両群ともに改善されていた。
    T1における重度叢生(>6.5mm)の割合は、Group 1で71%、Group 2で94%であったが、T3ではGroup 1で4%、Group 2では認められなかった。
    T3における受け入れがたいAlignmentの割合(>7もしくは>3.5mm)は、Group 1で29%、Group 2で56%であった。
    T1 – T3において、この期間を通して良くなっていた割合は86%、Irregularity indexのカテゴリーが変わらなかったのは12%であり、悪くなっているものは認められなかった。
    また、術前のIrregularity indexと術後の状態もしく術前の状態と術前のIrregularity indexについて、臨床的に有意な相関関係は認められなかった。
・その他、臼歯関係医、性別、臼歯関係と性別の組み合わせにおいても臨床的に有意な相関関係は認められなかった。
・犬歯間幅径において、Group 1でT1 – T2は-1.63±2.22、T2 – T3で-1.13±0.95であり、それぞれに有意差が認められた。
    Group2ではT1 – T2は-5.20±3.14、T2 – T3で-1.39±1.19であり、それぞれに有意差が認められた。
    両群において、88%で犬歯間幅径の減少が認められた。
    Group 1のわずか5症例に対して、犬歯間幅径の増加が認められた。
    また、すべての症例の88%でT3においてT2よりも著しく犬歯間幅径の減少を認め、T1 – T2とT2 – T3では有意な相関関係が認められなかった。
・大臼歯間幅径において、Group 1でT1 – T2は+0.51±1.40、T2 – T3で-0.33±1.51であり、それぞれに有意差は認められなかった。
    Group2ではT1 – T2は+0.87±2.12、T2 – T3で-1.06±1.42であり、T2 – T3で有意差が認められた。
    Group 1で67%、Group 2で78%において治療により幅径の拡大が認められた。
    しかし、保定期間中にそれぞれの群で同程度に減少が認められた。
    治療期間中に減少した50%の症例においては、保定期間中に増加が認められた。
・歯列弓長径において、Group 1でT1 – T2は-0.27±2.87、T2 – T3で-2.38±1.91であり、T2 – T3で有意差が認められた。
Group2ではT1 – T2は-5.24±4.18、T2 – T3で-2.49±2.88であり、それぞれに有意差が認められた。
両群ともに、保定期間中に減少が認められた。
・Over biteとOver jetについて、両群ともに治療により著しい改善がなされた。
    保定期間中の変化として、Group 1では有意な変化が認められなかったが、Group 2では有意に増加していた。
しかしながらT3における群間比較では有意な変化が認められなかった。
    治療によるOver bite、Over jetの変化と術前のIrregularity index、治療による犬歯間幅径の変化について有意な相関関係は認められなかった。
・セファロ分析において、下顎の後戻りの傾向を示す項目について相関関係を調査したが、どの計測項目においても臨床的に有意な相関関係を示すものは認められなかった。
    下顎の重ね合わせにおいて、治療によりGroup 1は下顎前歯の唇側傾斜が認められ、Group 2は舌側傾斜もしくは遠心移動が認められた。
    T2 – T3において有意な変化は認められなかったが、術前の状態に戻る傾向を示していた。

考察

・本研究では、Group 1の83%、Group 2の100%において中等度以上のIrregularity indexが認められたが、T3ではGroup 1で29%、Group 2で56%に減少していた。
    Littleによる第一小臼歯抜歯での報告では、T1では70%において中等度以上のIrregularity indexが認められ、T3においてもそれが維持されていたとしている。
・本研究では、T2 – T3のIrregularity indexは、Group 1で0.33mm、Group 2で0.36mm増加していた。これは、治療を行っていないものや非抜歯による治療を行ったものよりも大きな変化であるが、小臼歯4本抜歯による治療を行ったものよりも著しく小さいことを示している。
    そして、本研究での術前のIrregularity indexは別の研究のものよりも大きかったが、T3では、小臼歯抜歯を行ったものよりも小さかった。
しかし、この結果について、本研究でのGroup 2はn=18とサンプル数が少なく、Group 1の術後の経過観察期間が最短のものだと6.6年のため短く、一概に前歯部抜歯が優れているとは言えない可能性がある。
・下顎の犬歯間幅径は、増加させると叢生の後戻りが生じやすいことが知られている。
    本研究では、治療期間中に犬歯間幅径が減少したものは、保定期間中も減少していた。
これは、小臼歯抜歯にて治療したものにはみられない傾向である。
そのため、治療による単なる犬歯間幅径の維持もしくは減少は長期安定性を完全に保証するものではなく、あくまでも後戻りの可能性を少なくする要因のひとつであると考えられる。
・下顎前歯の抜歯を行った場合、Over biteが深くなると報告されているが、本研究ではT3におけるOver biteとOver jetは許容できるものであった。
    Bolton分析により、Anterior ratioが大きい場合は、下顎前歯の抜歯と上顎のIPRを行うことで安定したOver biteとOver jetを獲得することができる。
    このように、しっかりと症例を選定することで、下顎前歯部の抜歯は矯正治療のメカニクスを単純化することができ、咬合的にも審美的にも改善することができる。
治療の成功の鍵は患者さんの選択であり、診断時にSet upを行うことが重要である。
・下顎臼歯間幅径において、本研究での変化は、過去の抜歯治療による変化よりも非抜歯治療による変化と同様のものであり、抜歯を行ったのにもかかわらず増加する傾向であった。
これは、前歯部抜歯が非抜歯と同様のメカニクスであり、犬歯-大臼歯でのアーチフォームが変化しないためと考えられる。そして、T1 – T3における臼歯間幅径の変化は、治療を行わなかった集団と同様のものであった。
・過去の研究と同様に、本研究においても下顎前歯部の長期安定性とセファロ分析、模型分析のどの項目に関しても有意な相関関係が認められなかった。
    また、本研究では、T1もしくはT2のセファロ分析と模型分析のどの項目においても、T3における下顎前歯部のAlignmentの状態を予測する有用なものは見つけることができなかった。

まとめ

    著しい叢生が認められる患者さんでは、小臼歯抜歯もしくは前歯部抜歯を行うことが適切な治療であるが、前歯部1本もしくは2本の抜歯を行うことがより安定した結果をもたらすことができる可能性がある。
    下顎前歯部に叢生が認められる症例すべてに下顎前歯部の抜歯が有効なわけではなく、症例をしっかりと選択することが重要である可能性が示唆された。

To the Top