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矯正治療: ガミースマイルの治療についての症例報告

カテゴリ:Gummy Smile

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

A successful management of sever gummy smile using gingivectomy and botulinum toxin injection: A case report

Int J Surg Case Rep. 2018;42:169-174.
Diana Mostafa 

 

緒言

 近年の研究では、笑った時の上顎前歯部の歯肉の露出量が笑顔の魅力に影響を及ぼすことが報告されている。
 笑顔の時に適切な歯肉がみられることは審美的かつ若々しい印象を与えるが、歯肉が2mm以上見えることをガミースマイルという。
 このガミースマイルは人口の10.5-29.0%にみられ、女性の方が男性よりも多いと報告されている。
 ガミースマイルの原因は、歯の萌出位置異常(低位)、歯槽基底部の挺出、上顎骨の垂直的過成長、上唇の筋肉の短小もしくは過緊張(上唇挙筋、上唇鼻翼挙筋、口角挙上筋、頬筋)が挙げられる。
 正確な診断と適切な治療計画の立案のためには、主な原因を把握することが必要である。
 臨床的に、診断に用いる指標としては、臨床的歯冠長(歯肉上縁-切端)、解剖学的歯冠長(セメントエナメル境-切端)、ポケット深さ(歯肉上縁-歯肉溝)、角化歯肉幅(遊離歯肉-齦頬移行部)、小体の付着、オーバージェット、オーバーバイトなどがある。
また、レントゲン撮影により歯槽骨のレベル、上顎の前方突出度と垂直的な過成長を評価する必要もある。
 ガミースマイルに対する治療法として、歯冠延長術や外科的処置として、顎離団術など報告されている。
 どんな治療法が適切かは患者さんの生物学的幅によって決められ、多くの文献では、適切な歯槽骨レベルを有しており、歯槽骨から歯肉上縁までの距離が3mm以上で適切な付着歯肉を有する場合、歯肉切除術が選択されている。
これは、歯冠乳頭を傷つけることなく、斜切開により軟組織を除去するものである。
 しかしながら、歯槽骨レベルがセメントエナメル境と近接している場合は、単純に歯肉切除を行って歯冠長を長く見せることは禁忌である。
その理由は、生物学的幅の内の歯肉付着を破壊してしまうためである。
 そのため、全層弁を用いた骨切り術が必要である。
 ガミースマイルの原因が歯槽基底部の挺出による場合は、矯正治療がによる歯の移動が有効である。
    また、上顎骨の垂直的過成長が原因の場合は、外科的矯正治療が必要である。
 ガミースマイルに対する治療として口唇修正術も有効で、上顎前歯部唇側の口腔前提粘膜を取り除き、齦頬移行部と上唇粘膜との間に部分層弁のフラップを作成し、口唇粘膜を齦頬移行部に沿って縫合することで筋肉の活動を制限させ、歯肉の露出量を減少させることが可能である。
 近年、ボツリヌス毒注射がガミースマイルに対する最も侵襲の少ない治療法であると報告されている。
これは、ガミースマイルの原因がおもに口唇の筋肉の過緊張の患者さんに用いられている。
 ボツリヌス毒の筋肉注射を行うことでシナプトソーム関連タンパクであるSNAP-25が切断され、アセチルコリンの放出がブロックされ、部分的に筋肉の化学的脱神経を産生する高シナプスの再分泌がなされる。
これにより局所的に挙筋の活動が抑制され、笑顔の時の口唇の動きが制限される。
 表情筋の中で上唇を引き上げたり側方にひろげたりするのは上唇挙筋、上唇鼻翼挙筋、大頬骨筋、小頬骨筋、鼻中隔下制筋である。
 これらの筋肉が口輪筋と相互作用し、笑顔をつくりだしている。
 ボツリヌス菌毒の投与量は性別や口唇の筋肉のボリュームによって異なる。
 通常、男性の方が筋肉量が多いため、女性と比較して投与量が多くなる。
 さらに、注射部位において、Yonsei pointといわれる適切で効果的な刺入点がある。
 このYonsei pointは上唇挙筋、上唇鼻翼挙筋、小頬骨筋の三角形の中心に位置している。
 ボツリヌス菌毒の効果は注射後1-2週であらわれ、通常4-6ヵ月続く。
 いくつかの研究では、ボツリヌス菌毒を連続的に注射することで、歯肉の露出量が減少すると報告されている。
連続的投与により筋肉が麻痺することで筋肉が部分的に衰退し、ボツリヌス菌毒の効果がなくなったとしても筋肉の収縮能力が永久的に減少するためであるといわれている。
 ここで大切な事は、ボツリヌス菌毒の効果が完全に消失する前に再度注射するのは避けるべきである。
その理由は、ボツリヌス菌毒に対して抗体が産生され、その後の効果がなくなってしまう可能性があるためである。
 ボツリヌス菌毒注射の禁忌は、妊婦、授乳中の女性、神経筋疾患を有する方、カルシウムチャンネル ブロッカーの治療を行っている方、シクロスポリンやアミノグリコサイドを服用している方、ボツリヌス菌毒や生理食塩水に対してアレルギーのある方である。
 通常、技術がしっかりしており、投与量が適切であればボツリヌス菌毒を用いた治療は安全なものである。
 しかし、まれに痛み、感染、内出血、炎症、浮腫、筋力低下、麻痺、血腫などの副作用がみられることがある。
 また、不適切な技術下での注射により、笑顔が左右非対称になったり、会話や飲食が困難になってしまうことがある。
 そして、ボツリヌス菌毒の過剰投与により口唇下垂が歯頚部よりも垂れ下がってしまうことにより、大きな笑顔をしても歯が亢進に隠れてしまうことがある。
 本文献は、重度ガミースマイルの患者さんに対して歯肉切除術とボツリヌス菌毒注射を行うことで良好な結果を得たケースレポートである。

 

対象

 24歳女性で、笑顔の時に歯肉が見えすぎることを主訴に来院した。
これにより彼女は自信を喪失しており、笑顔を手で隠すようにしていた。
 全身状況やアレルギーには特記事項が認められなかった。
 家族歴として、彼女の母親が同じようにガミースマイルだった。

 臨床所見

・前顔面高の過大と下顔面高の過大(前顔面の1/2:1/3の比率が60/40%)
・顔面対称
・ガミースマイル(ハイスマイル)
・鼻下点-上唇下縁間距離は20mmで正常
・安静時の上顎切歯の露出量6mm
・歯周組織の異常は認められず、口腔衛生状態も良好
・歯肉は硬く、ピンク色で厚いバイオタイプ
・上顎前歯部のポケット診(UNC-15 probe)にて2-3mmのポケットを認めるが、アタッチメントロスや出血は認められない
・歯槽頂とセメント-エナメル境との関係性は正常
・自然な笑顔において、左右的には上顎右側第一小臼歯から左側第一小臼歯までが見え、垂直的には上顎歯肉が11-12mm露出している

 評価法

 歯肉切除術の前日、ボツリヌス菌毒注射の前日と5日後、14日後に歯肉露出量を計測した。
 また、術前と術後の写真を撮影した。

 診断

 Mixed gummy smile type
(前歯部ならびに臼歯部における過度の歯肉露出)

病因

 上唇の過剰運動、上顎骨の垂直的過成長、臨床的歯冠長の短小

 治療計画

 外科的矯正治療が第一選択であったが、入院が必要な外科処置を望まなかったため、歯冠延長術(従来の、頬側歯肉のみに外斜線の切開を入れる方法)により歯冠長の長さを増加させ、ボツリヌス菌毒注射により笑顔の際、口唇をリラックスさせる方法を選択した。
 

 治療経過

    最初に歯周基本処置として、歯肉縁上と縁下のスケーリング、口腔衛生指導を行い、1週間後に歯肉切除術を行った。
 歯肉切除術の術式について、最初に適切量の局所麻酔(1:1000,000エピネフリン含有2%リドカイン)を上顎右側第一小臼歯-左側第一小臼歯間の口腔前庭粘膜に投与した。
つぎに、出血点をポケットマーカーにてマークし、その点をつなげて切開線にした。
この切開線の根尖寄りのところにSurgical blade(Hu-Friedy)のみを用いて、前歯部唇側に歯軸に対して45°の外斜線切開を行った。
そして、Orban knifeと鉗子を用いて歯肉を剥離し、歯肉形成と掻把を行い、ペリオパックにて創傷をふさいだ。
 1日3回3日分の600mg イブプロフェンにて術後の疼痛をコントロールし、術後はアイスパックを当てることと、24時間は暑い飲み物を避けるように指導した。
 ペリオパックは5日後に除去され、0.12% クロルヘキシジングルコン酸塩を用いて1日2回2週間やさしく口腔内をゆすいでもらうよう指導した。
 この歯肉切除術にて臨床的歯冠長が増加し、歯の見え方が審美的になり、歯肉の露出量が減少した。
 ボトックス注射について、注射をする前に、ボツリヌス毒タイプAをそれぞれ0.05mLになるように2つ用意し、それぞれに2.5mL 0.9%の生理食塩水を加えて、それを100等分にした。
注射器は、1mLのインシュリンシリンジとディスポーザブルの30ゲージ針を用いた。
注射部位は、歯周病科医がスマイル時と安静時の筋肉を触診し、決定し、左右の法令線の上方起始部に4ユニット、鼻翼の1cm側方かつ下方(Yonsei point)に2ユニット、スマイル時に最も側方に収縮する部位の法令線の左右1ヵ所ずつに2ユニット注射した。
 注射部位に局所麻酔を行い、注射部位を消毒した後、注射針が皮膚の表面と垂直になるようにして、注射針の斜角が上方に向くように筋肉注射を行った。
 その後は、うつ伏せにならないこと、運動をしないこと、術後4時間は注射部位付近のマッサージを避けることを指導した。
 注射5日後に歯肉の露出量を診査したところ、注射前と比較して5mm減少していた。
 そして、患者さんがより審美的な笑顔を要求したため、鼻-口唇間の2/3上方で人中の豊隆部に左右1ヵ所ずつと、マイル時に最も側方に収縮する部位の法令線の左右1ヵ所ずつに2ユニット注射した。

 治療結果

・歯肉切除術後、創傷は早期に治癒し、歯肉露出量が減少し、笑顔において審美的な改善がなされた。
・ボツリヌス菌毒注射を行う前にプローブ(UNC-15)を用いて歯肉の露出量を計測したところ、9-10mmであった。
 2ヵ月後、2回にわたって計20ユニットのボツリヌス菌毒注射を行ったところ、笑顔の時の歯肉の露出量は1mmに減少していた。
 注射部位に発赤、炎症、浮腫、蕁麻疹、腫脹、圧痛は認められなかったが、キスをするときに若干口唇をすぼめずらいとのことだった。
 笑顔の時、食事や会話の時にその他の副作用は認められなかった。
・ボツリヌス菌毒注射後11週で歯肉の露出量は1-1.5mm増加しはじめ、6ヵ月後には注射前の状態に戻った。

 考察

・ガミースマイルの病因は多岐にわたり、歯の萌出の問題や歯冠長の問題、歯槽骨の状態などが関与している。
 もしもガミースマイルの程度が重度の場合は、歯冠延長術のみでの改善は難しく、外科的処置や矯正治療を考慮する必要がある。
 近年ではフラップを併用した歯周外科処置がひろく用いられており、これまで有効とされる様々な方法が報告されているが、後戻りや瘢痕になるなどの望ましくない副作用が認められている。
・外科的な方法に変わってボツリヌス菌毒注射を用いたガミースマイルの治療が普及してきている。
 そして、このボツリヌス菌毒注射は、外科処置と比較して侵襲が少なく、費用も安価であり、処置時間も短いため、患者さんにとって好まれている。
 ボツリヌス菌毒注射の目的は、笑顔の時に過度に収縮する筋肉をリラックスさせることである。
・Rubinらの研究によると、上唇挙筋、小頬骨筋と法令線の下にある頬筋上部線維が大きな笑顔をするときに影響をおよぼすものであると報告されている。
 Pessaは、小頬骨筋と大頬骨筋が笑顔の時に大きな役割を果たし、上唇鼻翼挙筋は上唇の挙上ではなく法令線の内側を形成すると報告している。
・本症例は若年の女性であり、ガミースマイルが心理的に大きな影響を与えていた。
 治療の結果、当初の患者さんの希望をかなえることができた。
 最初に歯肉切除術を行うことで臨床的歯冠長の増加と歯肉露出量の減少がなされたが、これだけでは重度ガミースマイルの本症例において十分ではなかった。
 その後、ボツリヌス菌毒を全部で20ユニット(左右側のYonsei pointにそれぞれ4ユニット、左右の法令線にそれぞれ4ユニット、鼻下の左右の口輪筋にそれぞれ2ユニット)注射した。
 この投与量については、Poloが提唱している、歯肉露出量が8.5mm以上の場合は10ユニットにすべきであり、口輪筋には注射すべきでないという研究結果のものとは意見の相違がある。
 ボツリヌス菌毒による合併症を避けるため、注射は2回に分けるべきであり、最初の注射の時の投与量は少なくし、その後修正していくのが良いという報告もなされている。
・今回の治療により歯肉露出量が1mmに減少し、とても効果的だった。
 今回の治療以外の外科的処置を行わず、患者さんは治療結果に満足していた。
 ボツリヌス菌毒注射による治療は笑顔の非対称、口角下垂(Sad appearance)、長い上唇(Joker smile)、下唇の突出、流涎、笑ったり話をしたり食事をするのが困難な場合に有効である。
・今回の症例における唯一の合併症は、強く口唇をすぼめることが困難な事であった。
・いくつかの研究では、ボツリヌス菌毒の効果は12週以上継続すると報告されている。
 今回の症例では、その効果が3か月未満で消失してしまった。
 これは、今回の症例の歯肉露出量が上記の研究のものよりも大きかったことが原因であると考えられる。
 そのため、ボツリヌス菌毒の効果の持続性は、その投与量ではなく、筋肉の可動する頻度と笑顔の時の歯肉露出量に起因すると考えられる。
 Chuらの研究によると、8mmを超えるガミースマイルの場合、歯肉切除術、ボツリヌス菌毒注射または口唇の下方修正術では大きな審美的改善がなされないため、上顎の顎離断術が必要であると報告されている。      しかしながら、今回の症例では顎離団術を行わなくても良好な結果を得ることができた。

 まとめ

・患者さんの審美的な要求を評価し、その患者さんにとって実現可能な治療法を提示することは非常に重要である。
・今回の症例において、歯肉切除術とボツリヌス菌毒注射を行うことで機能的にも審美的にも回復することができ、患者さんも自信を取り戻した。
・今回の症例から、重度ガミースマイルに対してボツリヌス菌毒を注射することで、効果が早期に出現し、予測しやすい治療法であり、大規模な外科的処置の代わりになるもののひとつであることが明らかになった。
・ボツリヌス菌毒注射における合併症は術者の経験と患者さんの服薬遵守にかかっているため、術者はボツリヌス菌毒注射の適切な訓練を受けるべきであり、顔面の解剖学的な知識に精通している必要がある。
・ボツリヌス菌毒注射における投与量について、最初は低用量を注射し、その後必要であれば投与量を調整するのが安全な方法である可能性が示唆された。

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