日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。
Masseter muscle thickness and maxillary dental arch width.
Eur J Orthod. 2003 Jun;25(3):259-63.
Kiliaridis S1, Georgiakaki I, Katsaros C.
緒言
咀嚼筋と頭蓋顎顔面の形態との関連について、多数の研究がなされている。
例えば、Low angleでは、筋電図において活動性が高く、咬合力が強いという研究がある一方、その逆の結果を指示する論文も発表されている。
in vivoにて筋肉の大きさを測定した研究では、咀嚼筋の厚みと前顔面高との相関関係は認められなかったという報告がなされている。
しかしながら、側頭筋、咬筋、内側翼突筋の厚みと頭蓋顎顔面の横幅に関しては正の相関関係が認められるとの論文も認められる。
日本人男性のドライスカルを用いた研究では、High angleでは下顎大臼歯がより舌側傾斜していたとの報告がなされており、咀嚼筋の大きさは頭蓋顎顔面の横幅だけでなく歯列弓幅径との関連性も予測されるが、その役割はいまだに明確でない。
そのため、本研究の目的は、超音波検査により咬筋の厚みと上顎歯列弓幅径との関連性を調べることである。
対象
・7-18歳で矯正科に来院した患者さんで、カルテ番号において連続した60人を対象にした。
男性は23人での平均年齢は11.5±2.6歳、女性は37人で平均年齢は12.3±2.6歳であった。
・上顎歯列弓幅径や咬筋の厚みに影響が生じると考えられる不正咬合(垂直的、前後的、左右的な骨格の問題、臼歯部交叉咬合や機能的な問題)を除外因子とし、Class I不正咬合で、片顎もしくは上下顎前歯部のみに問題がある患者さんを選択基準にした。
方法
・超音波を用いた咬筋の厚みの測定はリアルタイム スキャナー(Scanner 480, Pie Medical, Maastricht)を用いた。
患者さんには姿勢を正して自然頭位で座ってもらい、組織の圧迫を防ぐため、測定部には通常の量のゲルを塗布した。
また、斜めの方向に測定すると筋肉の厚みが誇張されてしまうため、下顎枝と垂直に測定した。
そして、スキャナーの角度は、下顎枝が最適にスキャンできるところを確認して設定した。
咬筋の厚みの測定部位は、咬合平面に最も近いところで、頬骨弓と下顎角との間で、下顎枝の近遠心的に真ん中の辺りにした。
測定は両側において安静時と中心咬合位にて最も強く噛みしめてもらった、筋肉の最大収縮時で行った。
上顎歯列弓幅径については、模型上で両側第一大臼歯口蓋側間の最短距離を測定した。
統計学的に、臼歯間幅径と性別と年齢について、咬筋の厚みと性別と年齢について、臼歯間幅径と咬筋の厚みと年齢についてそれぞれ重回帰分析を行った。
結果
・上顎歯列弓幅径について、女性の平均は32.1±1.8mm、男性の平均は33.0±2.7mmであった。
・咬筋の厚みは、女性の安静時で11.6±1.4mm、咬合時で11.9±1.6mmであり、男性の安静時で12.1±2.2mm、咬合時で12.4±2.2mmであった。
・標準偏差について、上顎歯列弓幅径と咬筋の厚みおいて、男性の方が女性よりも大きかった。
・臼歯間幅径について、年齢と性別についての相関関係は認められなかった。
・咬筋の厚みについて、年齢と性別の両方で有意な相関関係が認められ、年齢が上の方が、そして男性の方が咬筋の厚みが厚かった。
・女性における臼歯間幅径と咬筋の厚みにおいて、最大収縮時において有意な相関関係が認められたが、年齢については有意な相関関係が認められなかった。
・女性における臼歯間幅径と咬筋の厚みにおいて、安静時でも最大収縮時でも有意な相関関係は認められなかった。
考察
・今回の研究において、女性では咬筋の厚みと上顎歯列弓幅径との間に有意な相関関係が認められ、男性では認められなかった。
これは、過去の研究において、咬筋の厚みと成人男性の顔の幅との間に相関関係が認められなかったという報告と関連している。
・筋緊張性ジストロフィーの患者さんでは、口蓋の幅径が狭いという報告がなされている。
この理由として、筋活動量が低下していることと、頭位などのその他の因子が影響していると考えられる。
・過去の研究において、上顎歯列弓幅径は、男性と女性の両方において、3-13歳で有意に増加し、男性ではその後安定するが、女性ではわずかに減少すると報告されている。
また、男性では女性よりもすべての年齢において臼歯間幅径が大きかったという報告がなされている。
しかしながら、今回の研究では臼歯間幅径と性別との間に相関関係が認められなかった。
これは、臼歯間幅径における標準偏差が、女性よりも男性の方が大きかったことからも、グループ内において、男性の方が女性よりも成長のステージにバラつきがみられたためであると考えられる。
・上顎歯列弓幅径に影響を与える因子として、正中口蓋縫合部の成長が挙げられる。
ラットを用いた研究において、機能的な障害を付与した結果、同部の骨添加が減少し、上顎歯列弓が狭小していた。
また、昔のヒトの方が現代のヒトよりも歯列弓幅径が大きいという報告がなされている。
これは、食事や咀嚼機能の違いが大きな要因であると考えられると考察されている。
上顎歯列弓幅径の大きさは縫合部の成長の他に、歯槽頂部の水平的な幅や臼歯部の新頬側方向の傾斜も影響する。
これは、High angleの患者さんは垂直的に問題がない患者さんと比較して下顎大臼歯が舌側傾斜しており、咀嚼筋に機能的な差があるためであると考えられるという過去の報告と関連しており、Dento-alveolar compensationによるものであると考えられる。
・超音波検査にて咀嚼筋の厚みを測定する方法は信頼性、正確性、再現性がある方法であり、咬合力と咬筋の厚みとの間には有意な相関関係が認められるとの報告がなされている。
・今回の研究では咬筋の厚みと年齢、性別との間に有意な相関関係が認められた。
また、年齢が上の方と男性で有意に厚みが厚かった。
これは、男性において、咀嚼筋の厚みが思春期成長とともに増加することを示している。
・今回の研究では、骨格的に問題のある患者さんを除外した。
この理由として、例えばClass II div.1では上顎歯列弓の狭小が認められると報告されているからである。
また、佳瑚には下顎の機能的側方位を有する場合、偏位側の咬筋の厚みは非偏位側と比較して薄かったとの報告も認められる。
今回採択した片顎もしくは上下顎前歯部にのみ正咬合を認める患者さんにおいても、歯列弓幅径に影響がある可能性があるため。
そのため、今後の課題として、理想的には正常咬合のサンプルを用いることが望ましいと考えられる。
まとめ
咬筋の機能的な能力は、上顎歯列弓幅径に影響を与える一つの因子である可能性が示唆された。