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矯正治療; 外側の矯正と裏側の矯正の比較について

カテゴリ:Lingual Appliance

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

 

Lingual vs. labial fixed orthodontic appliances: systematic review and meta-analysis of treatment effects.

Eur J Oral Sci. 2016 Apr;124(2):105-18.
Papageorgiou SN, Gölz L, Jäger A, Eliades T, Bourauel C.

 

緒言

 矯正装置において、古典的なものは唇側にマルチブラケット装置を装着するものがあるが、近年、成人の矯正治療に対する需要が増え、審美的な要求が高まっており、審美ブラケット、クリア アライナー、舌側矯正装置などが発達してきた。
 その中でも舌側矯正装置の特徴は、見えづらいこと、白斑やむし歯になりづらいこと、ブラケット間距離が短いため、弱い矯正力が必要であること、固定源の喪失が少ないこと、快適であることなどが挙げられる。一方、欠点として、処置がしにくいこと、チェアタイムが長いこと、技工料が高いこと、唇側矯正装置と比較して治療結果があまり良くない場合があることなどが挙げられる。しかし、新しいワイヤーの素材の開発、技工技術の向上、複雑なコンピュータ プログラムの導入により、これらの欠点が軽減されてきている。

目的

 そこで、本研究は、ランダム化比較試験と前向き研究を用いて、唇側矯正装置と舌側矯正装置の治療効果におけるシステマティック レビューを行った。

選択基準

・上下顎または上顎か下顎のどちらかにおけるランダム化比較試験もしくは非ランダム化前向き研究で
 ある。
・ヒトを対象にした研究である。
・マルチブラケット装置において唇側矯正装置と舌側矯正装置を用いて、治療の効果もしくは有害な作用の
 評価を行っている。

除外基準

・臨床研究でない。
・後ろ向き研究である。
・セクショナルアーチを用いた研究である。

論文検索

2015年7月20日までのScopus、Google Scholar、Clinical Trials. Gov、ISRCTN registryにおけるデータベースを対象に行った。なお、言語や発行年月日における制限は設けなかった。

結果

・最終的に本研究の基準を満たしていたのは11個の文献を採択した。
 その中で、3つ(27%)はランダム化比較試験、1つ(9%)はSplit-mouth ランダム化比較試験、残りの7つ(64%)は非ランダム化前向き研究であった。
・採択した文献の総患者数は407人(少なくとも男性: 119人、女性: 228人で、3つの文献において男女数が
 記載されていなかった)で、平均年齢は21.3歳であった。
・舌側矯正装置を用いた患者さんの73%と、唇側矯正装置を用いた患者さんの100%は既成のブラケット装置
 を用いており、舌側矯正装置の患者さんの23%はカスタマイズされた個別のブラケット装置(Incognito)を
 用いていた。
・これら11個の文献において最も多かったバイアスのリスクは、ランダムの適正化と評価者のブラインド化
 であった。
・舌側矯正装置の利点として有意であったものは、矯正装置が見えにくいこと、頬粘膜への違和感が少ない
 こと、犬歯間幅径がより増加しやすいことと、それに関連して隣接面削合をする必要性が減少すること、
 空隙閉鎖時に固定源の喪失が生じづらいこと、唇側矯正装置と比較して白斑が生じづらいことが挙げられ
 た。 
 一方、有意な欠点としては、口腔内衛生状態の問題があること(食片圧入)、口腔内清掃状態が悪化しやす
 いこと(Plaque indexが増加しやすい)、わずかに臼歯間幅径が減少しやすいこと、舌に対する不快感が多
 いこと、口腔内への違和感や痛みが大きいこと、全体的に軟組織を刺激しやすいこと、生活に支障が出や
 すいこと、睡眠障害が生じやすいこと、発音障害が生じやすいこと(聴覚分析などの結果、/s/音に影響が
 出やすい)、発音の変化が気付かれやすいこと、特定の会話について避ける傾向があること、食事時の問題
 が生じやすいことが挙げられた。
 しかし、これらのほとんどが単一試験であり、研究全体におけるバイアスのリスクについて、全体的な口
 腔内の不快感の増加、発音障害、食事のしづらさ、有意な犬歯間幅径の増加、わずかな臼歯間幅径の減
 少、有意な上顎における固定源喪失の減少については、バイアスのリスクが高く、分析の質が低いと判断
 した。

考察

・今回採択した文献では、舌側矯正装置の治療効果についての科学的根拠が不十分であり、特に長期的な効
 果についてはそれが明らかであった。
 その理由は、ほとんどの研究についてn数が少なく、非ランダム化比較試験であり、有害な作用について
 の調査が短期的で、治療経過や方法に重大な制限がかけられているためであると考えられる。
・舌側矯正装置の口腔内に与える不快感は、唇側矯正装置と比較して大きいとの所見があるが、これについ
 ての解釈は十分に注意するべきである。
 その理由として、これらの文献の質がとても低いか中等度のものであり、舌側矯正装置と唇側矯正装置の
 不快感が生じる場所が違うことも考慮すべきである。
 唇側矯正装置と比較して、舌側矯正装置が頬粘膜にあたえる不快感は58%以下であったのに対し、舌への
 不快感は238%であった。
 また、装置装着2週間後の痛みの比較においては、唇側矯正装置と比較して舌側矯正装置が有意に高かった
 (Visual Analogue Scaleにおいて、平均11.9mm)。
 口腔内への不快感やお痛みに関しては、患者さんの年齢や価値観などが大きく関係していると報告されて
 おり、この不快感の多くは装置を装着した最初の1ヵ月間に大きく、時間の経過とともに軽減していく傾向
 にあると報告されている。
 いくつかの文献では、ブラケットサイズが小さいほど舌房に対する影響が少なく、不快感も少ないと報告
 されていたが、中にはあまり変わらないとの報告も認められた。
・聴覚分析や専門家、一般人による/s/音の聞き取り調査を行い、舌側矯正装置の発音に与える影響について
 の結果は、舌側矯正装置では唇側矯正装置と比較して発音障害生じやすいと報告されているが、これらの
 文献の質はとても低いか中等度のもので、評価に誤りがある可能性がある。
 また、舌側矯正装置を装着している患者さんは唇側矯正装置を装着している患者さんと比較して、装置装
 着3ヵ月後の発音の変化やある種の会話方法を避けることをより訴える傾向にあった。これは以前の研究の
 結果と一致しているが、発音障害は研究に使用している言語に左右される。しかし、/s/音はほとんどの言
 語に共通しており、研究の有意性を示している。
 舌側矯正装置による発音障害は、装置による影響で、発音時の舌位が通常よりも後方位を取るためと報告
 されている。また、この障害の程度はブラケットのデザインにより、装置の見た目による審美的な影響よ
 りも社会生活において影響しやすいと報告されていた。
・舌側矯正装置は唇側矯正装置と比較してより食事のとりづらいことが報告されており(唇側矯正装置と比較
 して435-800%)、これは、装置装着1ヵ月後により多かった。
 これは、舌側矯正装置では上顎前歯部にバイトターボが組み込まれることが多く、臼歯部が咬合しないた
 めである。
・舌側矯正装置では犬歯間幅径が増加し、臼歯間幅径が減少すると報告されていた。しかし、この文献の質
 は低いものであり、n数が小さいものであった。
 そして、歯列弓幅径はどの装置を使うかではなく、治療のメカニクスやアーチワイヤーの性質が主な交絡
 因子として考えられる。
 具体的には、ひとつの研究において、唇側矯正装置では既成のアーチワイヤーを使用していたが、舌側矯
 正装置ではカスタマイズされたアーチワイヤーを使用しており、別の研究では唇側矯正装置と舌側矯正装
 置とでワイヤーシークエンスが異なっていた。 
 舌側矯正装置における犬歯間幅径の増加は、小臼歯部舌側面の突出において、アーチワイヤーにオフセッ
 トが組み込まれていることと、前歯部のブラケット間距離が短いことに起因すると考えられる。
 臼歯間幅径の減少においては、ブラケットにより舌が刺激され、舌が後下方位を取ることにより、臼歯部
 の力の均衡性が崩れるためと考えられる。
・両側第一小臼歯の抜歯後、En massによる前歯部Contraction時の固定源の喪失において、舌側矯正装置は
 唇側矯正装置と比較して有意に少なかった(平均: -0.82mm)。
 これは、唇側矯正装置と比較してアーチワイヤーの周長が短いため、アーチワイヤーに高い硬性を持たせ
 ることができることと、舌側矯正装置の方が歯の抵抗中心により近いため、固定源のコントロールがより
 確実に行うことができること、舌側矯正装置による空隙閉鎖時には大臼歯に遠心回転と歯根の頬側トルク
 がかかる結果、皮質骨による固定源の強化が可能になるためと考えられる。
 しかし、これについてはランダム化比較試験によるさらなる確証的な研究が必要である。
・文献の質としては高くなかったが、舌側矯正装置は唇側矯正装置と比較して、口腔内衛生状態が悪くなる
 傾向にあった。
 この理由として、舌側矯正装置では、舌側歯肉にプラークが沈着しやすく、特に、ブラケット間距離が狭
 いところや、ブラケット幅が大きい場合、これを取り除くのが困難なため、歯肉炎を惹起しやすいためで
 ある。
・Split-mouthによる研究における白斑の発生を調査した研究では、唇側矯正装置と比較して舌側矯正装置は
 その発生が少なかった(72%)。
 カリエスは多因子疾患であり、口腔内のpH、細菌数、装置による細菌叢の増加の割合などが関係してい
 る。
 舌側矯正装置においてカリエスリスクが少ないことに対する理由は、舌の動きによる舌側面や口蓋側面に
 対する自浄作用があることが挙げられている。
 もう一つの考え方は、舌側矯正装置により舌側や口蓋側への唾液量が上昇し、pHを高く保つことができる
 というものである。別の研究では、舌側矯正装置を装着することで唾液流出量と緩衝能が低下するが、有
 意な差ではなかったとしている。これに加えて、舌側矯正装置を装着するとStreptococcus mutansと
 Lactobacilliが増加するが、n数が少ないため、有意差が認められなかったと報告されている。
 カリエス活動性とStreptococcus mutansやLactobacilliの増加との関係性は否定的な意見があり、矯正治
 療の初期段階においてStreptococcus mutans量が増加するが、その後、徐々に減少し、装置を除去すると
 生理的なレベルまで回復するといわれている。
・隣接面削合について、唇側矯正装置と比較して舌側矯正装置ではその量が少なかったと報告されていた(平
 均: -6.7mm)。しかしながら、これは初診時の叢生量、治療による歯列弓形態の変化、治療の手技によって
 影響される。この文献ではこれらのことについて考察されていないため、この結果についてバイアスを排
 除することはできないと考えられる。
・今回行ったSystematic reviewでは、過去のもののように後ろ向き研究を排除し、論文の質について
 GRADE法を用いて評価した点においては有効なものであると考えられる。
 しかし、舌側矯正装置と唇側矯正装置を装着している患者さんについて比較する上で、患者さんの性別、
 モチベーション、完全にカスタマイズされた装置かどうか、ブラケットの装着法がダイレクトかインダイ
 レクトかなどについて一致しているかどうかを考慮する必要がある。

まとめ

 今回の研究において、11個の文献のうちランダム化比較試験は2個のみであり、どの文献についてもバイアスの低いものではなかった。そのため、治療の効果や有害な作用を考えて、舌側矯正装置を強く推奨できる結果にはならなかった。
 その中でも、口腔内の不快感、発音障害、食事の困難さについては、GRADEが中等度であり、関係性がある可能性が示唆された。

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