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矯正治療; 上顎前歯部の後方移動の方法について

カテゴリ:CoR

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

Numeric simulations of en-masse space closure with sliding mechanics.

Am J Orthod Dentofacial Orthop. 2010 Dec;138(6):702.e1-6; discussion 702-4. 
Kojima Y, Fukui H.


緒言

 抜歯症例における前歯部の遠心移動法の違いとアンカレッジ ロスとの関係について調査した研究では、En-massと2-stepでは、アンカレッジ ロス量に有意差が認められなかったと報告がされている。
 また、別の研究では、この2つの方法の違いと歯根吸収との関連についても有意差が認められなかったと報告されている。
 En-massは2-stepと比較して治療期間を短縮できるメリットがある。
 一方2-stepでは、犬歯と固定源の移動の比率にフリクションは関係なく、フリクションはアンカレッジ ロスを防ぐことができるとされている。
 一方En-massでは、ブラケット-ワイヤー間におけるフリクションが歯の動きに大きく関係する。
 そこで、本研究では、En-mass Sliding systemにおける歯の長期的な移動様式を調査した。


方法

 有限要素解析にて検証を行った。
 ワイヤーサイズは.019x.025” SS、牽引力は1Nとし、犬歯-第二小臼歯間に働かせ、第二小臼歯と大臼歯は一塊のものとした。

結果

・牽引力をかけた直後の反応ではフリクションは発生しておらず、牽引力が直接前歯部と臼歯部に働いていた。
・犬歯のブラケットが4mm後方移動した時点で、第二小臼歯は1.9mm近心移動していた。
 この時の中切歯歯軸は0.2°しか舌側傾斜しておらず、ほとんど歯体移動がなされたといえる。
・第二小臼歯、第一大臼歯、第二大臼歯にそれぞれかかっていたフリクションはそれぞれ0.22N、0.33N、0.21N、トータルで0.76Nであり、前歯部と臼歯部にかかっている正味の力は0.24Nであった。
・牽引力を5Nにすると、アーチワイヤーの変形により、中切歯歯軸は8.5°舌側傾斜していた。

 

考察

・歯体移動の間、合計で0.76Nのフリクションが発生していた。
 前歯部と臼歯部にかかる正味の力は0.24Nであった。
 たった24%の力が前歯部の移動のために適応されたということである。
この割合は、2-stepにおける犬歯単独の後方移動とほぼ同じである。
この時に、前歯部歯根膜にかかる圧力は1kPaであったが、最初の短期間ではこの10倍の圧力が歯根膜にかかる計算になる。
 これにより、矯正治療の最初の時期は歯に痛みが生じると考えられる。
・治療期間短縮を目的にして強い力を用いた結果、前歯部歯軸の舌側傾斜が生じていた。
 過度の力が歯根膜にかかり、歯の移動を妨げていたと考えられる。
・もしブラケット-ワイヤー間のフリクションが0であると仮定した場合、牽引力は直接前歯部と臼歯部に働く。
そして、アーチワイヤーの歪みが生じ、前歯部歯軸に5.9°の舌側傾斜が生じる。
 この、フリクションがかからない状況でのアンカレッジ ロス量は、フリクションがかかった時とほぼ同じである。
 これより、フリクションはアンカレッジ ロスを助長するものではないと考えられる。
 フリクションの量にかかわらず、正味の牽引力は臼歯にかかる力と同じである。これより、En-massでのフリクションはアンカレッジ ロスを生じさせることはなく、2-stepの際の犬歯の遠心移動と同じ考え方である。

まとめ

 本研究にて有限要素解析を用いてEn-massによる歯の動きの解析を行った。
 その結果、前歯部において、最初は傾斜移動が認められたが、時間の経過とともに歯体移動へと変化していた。
 そのため、長期の歯の移動は、最初のフォースシステムが続くわけではないということが明らかになった。
 歯体移動中はブラケット-ワイヤー間にフリクションが生じ、前歯部にかかる正味の力はかけている力のおよそ1/4になっていた。
また、アンカレッジ ロスの力は、前歯部遠心移動の力とほぼ同じ量であった。
 このため、フリクションの量にかかわらず、アンカレッジ ロスの力と前歯部遠心移動の力の比率は同じであると考えられる。
これは、フリクションはアンカレッジにとって不利ではないということである。
 また、牽引力を増加させると、アーチワイヤーの歪みにより、前歯部歯軸の舌側傾斜が生じる可能性が示唆された。

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