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矯正治療; 上顎の前から2番目の歯の先天性欠如に対する治療法について

カテゴリ:Agnesis Mx lateral incisor

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

The space-closure alternative for missing maxillary lateral incisors: an update.

J Clin Orthod. 2010 Sep;44(9):540-9; quiz 561.
Rosa M1, Zachrisson BU.

 

緒言

 典型的な上顎側切歯の先天性欠如症例に対する治療法は、空隙閉鎖を行うか、スペースをあけてインプラントを埋入するかである。
 矯正治療にて空隙閉鎖を行った場合の問題点として、見た目が自然でない、咬合が損なわれる、動的治療後の保定が困難であるなどが挙げられる。
 審美的、機能的な優位性を考えると、スペースをあけて、側切歯の先天性欠如部位にインプラントもしくは接着性ブリッジを行うことである。
 しかしながら、インプラントには以下の利点と欠点がある。

 利点
・最適な臼歯部の咬合を獲得できる。
・短期的には審美的に満足できる。
・矯正治療が比較的短期間で、かつ単純である。
・隣在歯のBuild-upが不要である。
・長期的にみると、インプラントがオステオ インテグレーションする可能性がある。
 欠点
・成人症例においても、隣在歯の萌出によりインプラント部が経年的に低位になっていってしまう。
・上下顎前歯部のインプラントの上部構造は明らかに自然な前歯と比較してUprightされていないため、経年的により低位かつ唇側傾斜しやすい。
・矯正治療にて動かすことができない。
・4年の経過観察において50%で唇側歯肉にメタル色が透けてしまう(Blue coloring)。
 この原因は、骨膜由来の骨と比較して、より多孔性で吸収しやすい骨内膜由来の骨の吸収によるものである。
・唇側歯肉の退縮により、経年的にメタルもしくはポーセレンのアバットメントが見えてきてしまう。
 この原因は歯磨きによるものや、その他の因子がある。
・特に遠心歯間乳頭において歯肉退縮が生じやすい。
・インプラント クラウンにおいて、隣在歯との色調の調和がとりにくく、人工的に見えやすい。
・10-15年以上の長期安定性が得づらい。

 上記のことから、特に若年で、かつ笑った時に歯肉が大きく見える症例においては、矯正治療において空隙閉鎖をすることはとても有効な治療法である。
 その理由は、人工物を埋入するよりも、患者さん自身の歯を生かすことで生物学的、審美的、長期安定性が優れていると考えられるからである。
 
 本文献は、上顎側切歯の先天性欠如を認める2症例の治療を行ったため、その症例報告である。

Case 1. 

 17歳の女性で、現症は以下の通りである。
・臼歯関係I級
・Hypodivergent
・上顎骨の後方位と劣成長による骨格性III級傾向

 骨格性III級で、上顎歯列弓の狭小を認めたため、前医の矯正歯科医は、先天性欠如部位のスペースをあけ、側貌の改善のために上顎歯列弓の側方拡大と上顎前歯部の唇側傾斜をさせた。
 そして、インプラント埋入に際し、成長が終了するまで待ちたいと説明されたが、患者さんとしては途中の治療結果に不満があったため、当院に来院した。
 そこで、私たちは前医の治療計画ではなく、別のゴールを目指してみてはどうかと提案した。

 具体的には以下の通りである。
・スペースを閉鎖し、上顎前歯部を後方移動する。
・外科的矯正治療にて上顎骨の前方移動と、上顎前歯部の露出量を増加させ、顔面の垂直的な改善を行うために咬合平面の時計回りの回転を行う。
・動的治療終了後、審美的、機能的な改善のため、上顎6前歯にCRによる修復処置を行う。
・成長終了時に上記CRをポーセレン ラミネートベニヤに変更する。
 
 この治療計画により最適な咬合だけでなく、長期的に安定したバランスの取れた自然な笑顔を獲得することができると考えた。

 治療経過は以下の通りである。
・矯正治療開始時に上顎犬歯の近遠心をSlenderizeし、唇側面の豊隆を平坦化した。
・上顎の空隙閉鎖にはClass II Elasticsを6ヵ月間使用した。
 興味深いことに、空隙閉鎖に伴い上顎前歯を7mm後方移動したが、臨床的に側貌が悪くなることはなかった。
・下顎第三大臼歯は顎離断術時に抜歯した。
・Finishingには11ヵ月を要した。
 この時、下顎前歯部に中等度のSlenderizeを行った。
・歯肉の形態や豊隆とスマイルラインの是正のため、上顎小臼歯の圧下と犬歯の挺出、両歯のトルクコントロールを行った。
・Debondを行った日から修復処置を開始した。
 上顎6前歯は理想的な歯と歯の関係、歯と軟組織の関係を得るため、CRにて修復処置を行った。
 CR処置後、黄色みがかった犬歯に対してホワイトニングを行った。
 CR処置部は後にポーセレン ラミネートベニヤに変更した。
・保定装置として、上下顎ともに固定式保定装置(上顎は、第一小臼歯-第一小臼歯間、下顎は犬歯-犬歯間)を用いた。

 結果は以下の通りである。
・動的治療の結果、矢状面での変化というよりは主に上顎の垂直的な高径の増加と下顎の反時計回りの回転により顔貌が審美的に改善された。
 一方、上唇の位置は変化しなかった。
・最終的な咬合として、臼歯関係II級、先天性欠如部位に犬歯を、犬歯相当部に第一小臼歯を置換させた。   
 そして、スマイルラインと上顎前歯の見え方はこの年代の女性の理想的なものになった。

 

Case 2. 

 34歳の男性で、現症は以下の通りである。
・Class II div.2
・Hypodivergent
・上顎両側側切歯の先天性欠如
・上顎左側乳犬歯が上顎左側犬歯と第一小臼歯の間に晩期残存しており、重度の根吸収が認められる
・上顎両側第一大臼歯の欠損
・歯列弓の非対称と咬合平面のカントが認められ、特に右側に顕著なガミースマイルを認める

 治療計画は以下の通りである。
・ガミースマイルの程度と患者さんの年齢が比較的若いことを考慮し、上顎側切歯部にインプラントを用いた補綴処置を行うことは、長期的にみて良い治療ではないと判断した。
・上顎左側乳犬歯の抜歯を行い、空隙閉鎖をすることで正中のズレの是正を行う。
・上顎右側第一小臼歯-第二小臼歯間にスペースを集め、インプラントを埋入することで正中のズレの是正に効果的である。
・上顎右側第一大臼歯部の空隙は閉鎖する。
・前歯部にSlenderizeを行ってLevelingとAlignmentを行いう。
 下顎左側においては、欠損している第一大臼歯のスペースを再度あけることはしないで歯根の平行性を確立する。
・咬合平面のカントを修正する。
・Balanced occlusionを確立する。
・上顎右側第一小臼歯の上部構造としてポーセレン クラウンを装着する。
・矯正治療中に行う6前歯へのCRを用いたBuild-upの後、動的治療終了を待ってポーセレン ラミネートベニヤに変更する。

 治療経過は以下の通りである。
・動的治療開始18ヵ月後に上顎歯列の正中が改善されたため、上顎右側小臼歯部にスペースを集めた。
・上顎中切歯近遠心の空隙に対しては、CRにてBuild-upを行い、歯のサイズを大きくするとともにスマイルラインに対して調和のとれる形態にした。
・Dr. Francesca Manfriniによりインプラントの埋入が行われた。
・Finishingには11ヵ月を要し、動的治療期間は30ヵ月だった。
・修復処置に関して、Debondを行う数日前から上顎中切歯、犬歯、第一小臼歯に対してCRを用いたBuild-upを行った。
・動的処置10ヵ月後に咬合調整を行い、咬合の安定化を図った。
・インプラントの上部構造としてポーセレンクラウンを装着し、上顎6前歯はポーセレンラミネートベニヤに変更した。
・保定装置として、下顎には犬歯-犬歯間固定式保定装置を用いた。
 上顎に関しては、咬合調整後6ヵ月はESSIXを使用した。

 

 結果は以下の通りである。
・上顎右側に関してはインプラントを含めて小臼歯が3本の形になり、左側臼歯関係はClass IIであった。
 両側において上顎側切歯先天性欠如部位に対しては犬歯を置換した。 
・上顎小臼歯の圧下と犬歯の挺出、トルクコントロールにより、歯肉辺縁とスマイルラインは良好なものになった。
・上顎犬歯に関して、頬舌側表面をわずかに形態修正したが、大きく削合することはなかった。
・上顎6前歯のAlignmentは良好になされたが、Over jetは3mmになってしまったため、後に上顎中切歯口蓋側面に修復処置を行い、Over jetの量を少なくした。
治療開始時と比較して、スマイルが非常に改善された。
 その要因として、側切歯の代わりに用いた犬歯に関してはあまり削合せず、中切歯をBuild-upし、新しい側切歯に合うようにしたためであると考えられる。
この方法は、側切歯の先天性欠如症例で中切歯の大きさが小さい場合は一番良い方法であると考えられる。
・上顎の保定開始2年後において、スペースが再度空いてくるということはなかった。
 この理由として、中心位と中心咬合位とのズレがなく、側方運動時のガイダンスも良好だったためと考えられる。

考察

・今回示した症例は矯正治療による空隙閉鎖と修復処置によるBuild-upを行うことで、上顎の片側または両側側切歯の先天性欠如症例に対して健康的で自然な歯列を獲得することができた。
 この治療法の最大のメリットは、咬合の長期安定性であると考えられる。
・動的治療終了後のポーセレン ラミネートベニヤを用いた修復処置は、歯を削ることなく、ポーセレン ラミネートベニヤを直接合着した。
 歯の削合を行わなかった理由は、若年の場合は露髄や歯の萌出に伴うマージンの露出のリスクがあるためである。
・可撤式保定装置については、固定式保定装置を補う形で最初の6ヵ月間は終日使用していただき、その後は夜間だけの使用を指示した。
 今回の症例において10年間の経過観察を行っているが、有害な変化は認められていない。
・先天性欠如部位においては空隙閉鎖を行ったことで歯周組織の健康が保たれ、歯間乳頭においてもそれぞれの歯と同調し、長期にわたって自然な見え方であった。
 これは、スペースをあけてインプラントを埋入する治療とは異なる結果である。
 インプラントに関する文献において、10年間の経過観察を行ったところ、たとえ成長が完了した患者さんであっても、インプラント部の低位咬合が生じてしまい、また、隣在歯の辺縁歯槽骨が吸収してしまうと報告されている。
・上顎側切歯の先天性欠如症例でガミースマイルを伴う場合、欠損部の空隙は矯正治療にて閉鎖することが望ましいと考えられる。
 もしもその空隙をあける治療計画を立案した場合は、空隙を後方臼歯部に集め、小臼歯部にインプラントを埋入することが好ましいと考えられる。
・CRにてBuild-upを行った部位に関しては、材料の特性から定期的なメンテナンスとやり直しが必要である。
 このため、最終的には耐久性のあるポーセレン ラミネートベニヤに変更した。
 可能であれば、この処置は保定観察後にしっかりとセトリングした後に行うのが望ましい。
 たとえ経時的に歯肉が退縮してきたとしても、ポーセレン ラミネートベニヤは長期的な耐久性や審美性に優れており、セラミック クラウンや前装冠と比較して光透過性も良好である。
・Class IIIの上顎側切歯の先天性欠如症例においては、特に上顎歯列弓の狭小を伴いスペースが著しくない場合は、欠損部の空隙をあけて補綴処置をすることが良い。
 理由として、空隙をあけることでDentoalveolar compensationに対して有利にはたらき、側貌の改善に著しく寄与するためである。

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