院長ブログBlog

矯正治療; 上顎側切歯の先天性欠如に対する治療法

カテゴリ:Agnesis Mx lateral incisor

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

Congenitally missing maxillary lateral incisors: Long-term periodontal and functional evaluation after orthodontic space closure with first premolar intrusion and canine extrusion.

Am J Orthod Dentofacial Orthop. 2016 Mar;149(3):339-48.

Rosa M, Lucchi P, Ferrari S, Zachrisson BU, Caprioglio A.

緒言

 上顎側切歯の先天性欠如症例に対しする欠損部の治療は、犬歯の近心移動、インプラント、接着性ブリッジなどの中から選択する必要がある。
その治療は患者さんの審美的要求、機能回復、歯周組織の健康を治療終了時だけでなく長期的に満たす必要がある。
 犬歯の近心移動による空隙閉鎖を選択した場合、歯肉縁の高さを最適にするため、第一小臼歯の圧下と犬歯の挺出が必要である。
これにより、新しく犬歯の代わりをする第一小臼歯の歯肉縁の高さが中切歯と同じレベルになり、新しく側切歯の代わりをする犬歯はそれよりも歯肉縁を2mm高位に設定することができる。
そして、これにより歯槽骨のレベルも変化する。
 一方、成人の患者さんでコントロールされていない病的な歯の移動により、隣接する歯槽骨頂の垂直的骨吸収が生じ、近心傾斜もしくは挺出した歯に1壁性、2壁性、3壁性の骨吸収が認められる。
垂直性骨吸収が生じると、自浄作用が弱まり、隣接歯の近遠心にアタッチメント ロスが生じるため、骨削や骨整形が必要になることがある。
 しかしながら、矯正治療により歯が適切にアライメントされていればこのような状態にはならない。
 犬歯の位置に近心移動してきた第一小臼歯を、歯肉縁の高さを揃えるために圧下し、形態修正をする際に考慮すべきは、術後に歯周病を惹起してしまいう可能性である。
また、適切な咬合を付与できないことにより顎関節症になりやすくなってしまうことも挙げられる。
 そこで、本研究の目的は、10年以上の経過観察により以下の事を調査することである。
・上顎側切歯の先天性欠如に対して、第一小臼歯の圧下と犬歯の挺出を伴い空隙閉鎖を行った症例に対して、この第一小臼歯と犬歯の歯周組織の状態(6点法)の調査と、その他の部位の歯周組織の状態との比較。
・上記の症例の第二小臼歯、第一小臼歯、犬歯、中切歯の歯周組織の状態と、非抜歯にて矯正治療を行った症例の同部位の歯周組織の状態の比較。
・上記2つの治療法における最終的な咬合と顎関節症に対する調査。

 資料

 本研究は後ろ向きであり、患者さんを以下の2群に振り分けた。
・AG: 26人(男性: 9人、女性: 16人、平均年齢: 23歳7ヵ月 SD, 10歳7ヵ月)
 上顎側切歯において少なくとも片側の先天性欠如を認めた。
 動的治療後少なくとも60ヵ月以上が経過しており、唇顎口蓋裂やその他の症候群を認めない患者さんで、永久歯列期においてマルチブラケット装置を用いて空隙閉鎖を行った患者さんである。
 このうちの19人の患者さんは両側性、7人の患者さんは片側性の先天性欠如であった。
そして、この7人のうち、1人は片側性の空隙閉鎖にて、残りの6人は反対側側切歯の抜歯を行い、空隙閉鎖にて治療を行った。
 治療において、歯肉の辺縁の高さを揃えるため、第一小臼歯の圧下と犬歯の挺出を行った。
また、同歯において最小限の修復処置を行い、第一小臼歯のBuildupにおいては、4人の患者さんはラミネートベニヤ、22人の患者さんはCRを用いて行った。
 上顎における保定装置は、20人の患者さんが6前歯に0.019” Multibraided stainless steel wireを24ヵ月装着した後に撤去し、6人の患者さんは調査時も0.019” Penta Twist retainer wireを装着していた。
 動的治療終了後の平均的な保定観察期間は9年9ヵ月(SD, 4年2ヵ月)で、この時の平均年齢は33歳5ヵ月(SD, 10歳3ヵ月)であった。
 この群において調査した歯の総数は657本であった。
・CG: 32人(男性: 12人、女性: 20人、平均年齢: 17歳7ヵ月 SD, 5歳6ヵ月)
 非抜歯にて矯正治療を行った患者さん。
動的治療終了後の平均的な保定観察期間は9年11ヵ月(SD, 3年5ヵ月)で、この時の平均年齢は27歳6ヵ月(SD, 6歳11ヵ月)であった。

 両群の年齢についてtテストを行ったところ、P値は0.061であった。
 男女比について、AG群は男性35%、女性は65%であり、CG群は男性38%、女性62%であった。

 
方法

歯周組織の状態を検査する項目として以下のものを設定した。
・Probing pocket depth
 近心頬側、頬側中央、遠心頬側、近心舌側、舌側中央、舌側遠心の6点について、プローブ(PCP15・11.5BScreening probe)を用いて、頬舌側への角度が付かないように歯軸に平行に、歯根に沿って測定した。
 4mm以上のポケットが認められる場合はアタッチメント ロスのリスクがあるため、「Deepened」と評価した。
・Bleeding on probing
 近心頬側、頬側中央、遠心頬側、近心舌側、舌側中央、舌側遠心の6点について、プローブ(PCP15・11.5BScreening probe)を用いて、頬舌側への角度が付かないように歯軸に平行に、歯根に沿って測定した。
 プロービング15秒後以内に出血が認められた場合を(+)とした。
 そして、LoeとSilnessの方法により、Bleeding indexを計算した。
・Plaque accumulation
 近心頬側、頬側中央、遠心頬側、近心舌側、舌側中央、舌側遠心の6点について、プローブ(PCP15・11.5BScreening probe)を用いて、頬舌側への角度が付かないように歯軸に平行に、歯根に沿って測定した。
 歯肉縁に沿ってプローブを動かし、歯垢が認められる場合を(+)とした。
 そして、LoeとSilnessの方法により、Plaque indexを計算した。
・Gingival recession
 近心頬側、頬側中央、遠心頬側、近心舌側、舌側中央、舌側遠心の6点について、プローブ(PCP15・11.5BScreening probe)を用いて、頬舌側への角度が付かないように歯軸に平行に、歯根に沿って測定した。
 Recessionが認められる場合を(+)とした。
・Mobility
 生理的動揺である0.2mm以上であれば(+)とした。
 調査はすべての歯について行ったが、比較はAGの第一小臼歯とCGの第一小臼歯について行った。
 AGの保定装置が装着されている6人に関しては除外した。

 両群について、歯周病のリスクになりえる要因について、以下の項目を評価した。
・喫煙歴
・糖尿病の既往
・歯科への通院頻度
・家族歴

 両群について、以下の方法で咬合の評価を行った。
・中心位と中心咬合位のズレが1mm以上あるかどうか
・咬合紙を用いた咬合接触
・側方運動時のガイドと平衡側の干渉の有無

 両群について、顎関節の状態を評価するため、痛み、クリック、開口障害、パラファンクションについてのアンケートを行い、「全くない: 0」、「過去にあった: 1」、「時々ある: 2」、「しばしばある: 3」とスコアをつけた。
アンケートの内容は以下の通りである。
・顎関節付近でクリック音を認めるか
・顎関節からクレピタス音を認めるか
・顎関節周囲に痛みがあるか
・顔面の筋肉に痛みがあるか
・頭痛があるか
・食事時以外でくいしばりをすることがあるか
・舌、唇、爪やそのほかのものを噛む癖があるか

 
結果

・Probing depthの評価において、AGで3,942ヵ所を調べたところ、4mm以上だったのはわずか18ヵ所(0.5%)で、4mmであったのは96ヵ所(2.4%)であり、4mmの部位は主に臼歯部であった。
 一方、CGでは1,536ヵ所を調査し、4mm以上だったのは11ヵ所(0.7%)で、4mmであったのは60ヵ所(3.9%)であった。
 両群で上顎について比較したところ、有意差は認められなかった。
 AGで、特に圧下した第一小臼歯と挺出した犬歯に関して、97.1%では正常範囲内で、CGの犬歯、側切歯と同程度のポケット深さであった。
・Bleeding on probingについて、AGで3,942ヵ所を調べたところ、Bleedingが認められたのは339歯(8.6%)であった。
最も多かった部位は第一大臼歯(12.7%)であり、次いで第二小臼歯(8.3%)であった。
 CGでは1,536ヵ所を調査し、Bleedingが認められたのは271歯(12.7%)であった。
最も多かった部位は第一大臼歯と第一小臼歯であった。
 群間比較において、頬舌側では有意差が認められなかったが、近遠心ではCGで有意に多かった。
 AGの圧下させた第一小臼歯と挺出させた犬歯において、CGの犬歯と側切歯と比較してほとんどBleedingが認められなかった。
・Gingival recessionにおいてAGで調査した657本のうちの26.6%にわずかなRecessionが認めらたが、ほとんどが第一大臼歯と第二小臼歯だった。
 CGでは調査した256本のうち43本(16.8%)にRecessionが認められた。
 両群の比較において、AGの上顎第一大臼歯は有意なRecessionが認められたが、それ以外の歯では有意差が認められなかった。
・Mobilityにおいて、AGでは95.6%、CGでは93.7%でMobilityの増加は認められなかった。
 AGの4.4%に1のMobilityが認められたが、AGとCGで有意差は認められず、2以上のMobilityもすべてにおいて認められなかった。
 AGにおいて犬歯の位置に近心移動させた第一小臼歯40本のうちの2本(5%)、CGについては11本(17.2%)において1のMobilityが認められたが、両群の第一小臼歯の比較においては有意差が認められなかった。
・咬合において、AGの92.3%において側方運動時のガイド様式はグループファンクションであった。
AGでの犬歯誘導は7.7%で認められ、CGでは32.0%に犬歯誘導が認められた。
 中心位と中心咬合位とのズレが1mm以上認められたのはAGのわずか7%で、CGと比較して有意差は認められなかった。
・顎関節に関しては、両群で症状に有意差は認められなかった。
・アンケートにおいて、歯ぎしりがCGでAGと比較して多かったが、サンプル数が少なすぎて、回帰分析を行うことは出来なかった。
・喫煙、過去の歯科の既往歴、糖尿病の発生率、家族歴や歯周組織の状態において両群で有意な差は認められなかった。

 考察

・本研究の結果から、上顎側切歯の先天性欠如症例に対して、マルチブラケット装置を用いて側切歯余地も遠心の歯を近心移動させ、第一小臼歯の圧下と犬歯の挺出を伴い、矯正治療にて注意深く空隙閉鎖を行えば、歯周組織や顎関節に対して悪影響を与えることはないことが明らかになった。
 これは、歯周組織の状態と顎関節の機能について調査した過去の研究結果と同様のものであった。
1975年のNordquistとMcNeilの文献では、上顎側切歯の先天性欠如症例に対して、矯正治療にて空隙閉鎖を行った方が先天性欠如部位にインプラントを埋入するよりも歯周組織の状態が良かったと報告されている。
さらに、咬合様式や顎関節症の発生率においても有意差は認められなかったと報告されている。
 2000年のRobertssonとMohlinの文献では、空隙閉鎖を行った群の方が補綴処置をした群よりも歯肉の炎症とプラークの蓄積が有意に少なく、矯正治療にて空隙閉鎖を行た方が歯周組織の健康につながり、顎関節の機能を損なうものではなかったと結論付けている。
・ほとんどの上顎側切歯の先天性欠如を有する患者さんは、若年のうちに治療を行う。
そのため、先天性欠如部位に対して空隙閉鎖を行うのかインプラントを埋入するのかは、長期的な展望を考えなくてはならない。
 最近の研究では、側切歯部へのインプラント埋入において、歯周組織的もしくは審美的な問題が取り上げられており、これらの問題は歯肉の変色や歯肉退縮、インプラントの上部構造の低位咬合、インプラントの隣在歯の骨吸収などである。
 そのため、どの治療法が最適かを判断するため、インプラント埋入後5-10年以上の長期にわたる多くのサンプル数を有する観察を様々な顎態と年齢において行う必要がある。
・AGにおいて第一小臼歯を圧下することで、通常の犬歯と同じレベルの歯肉縁の高さにすることができ、Buildupを行うことにより犬歯の大きさに近づけることが可能であった。
 Murakamiらのサルを用いた研究によると、上顎前歯を圧下することで歯肉が同方向に60%以上移動しており、CEJでの上皮付着は保たれていたと報告されている。
 臨床的歯冠長は短く、歯肉溝は40%以上深くなっていたが、それは炎症や腫脹によるものではなく、歯肉の蓄積によるものであり、5mm以下の圧下では、上皮はつねにCEJと接していた。
 Erkanらのヒトを対象にした研究では、下顎前歯を圧下した場合、歯肉辺縁と齦頬移行部も歯根側に移動しており、その割合はそれぞれ79%、62%だったと報告されている。
 また、Bellamyらの研究では、成人において健康的な前歯を圧下した場合、歯と歯肉は根尖側に移動するが、その他の矯正治療における歯の移動と比較して、骨吸収や歯根吸収はほとんど認められなかったと報告されている。
・矯正治療にて歯肉縁の高さを揃える場合、圧下させた第一小臼歯と挺出させた犬歯の唇側歯肉縁と歯槽骨の長期的な安定性が重要である。
 上記の動きをさせた第一小臼歯と犬歯は、歯肉縁だけでなく近遠心の歯槽骨頂は同様の動きをしていた。その後、ポケット深さが深くなり、放射線学的にいわゆる垂直的骨欠損が生じる場合、これは歯周組織の崩壊のリスクを意味するものである。
この時点で歯周病に対する治療を行わなければ、さらなる骨吸収を引き起こすリスクになりえる。
 しかしながら、今回圧下させた第一小臼歯と挺出させた犬歯の歯周組織は未処置で健康でったため、アタッチメント ロスを伴う歯周組織の破壊とは様相が異なっていた。
 今回対象にした患者さんたちは口腔内の衛生状態に関心が高く、治療開始時には健康な歯周組織を有しており、CEJに上皮性付着が認められた。
 圧下後すぐに生じた部分的な歯肉溝の深化は「欠損」ではなく、単に隣在歯との間の歯槽骨頂のアタッチメント レベルが正常になるように移動しただけだった。
 近遠心の歯槽骨頂は適切な口腔内の衛生状態の管理により良好に維持されていたため、さらなるアタッチメント ロスの可能性は限りなく低かった。
 今回の結果から、長期的にみても歯槽骨はアタッチメント ロスを生じていなかった。
 では、次の疑問として、もしも歯周組織が健康であった場合、治療によって歯槽骨頂、歯肉縁、歯間乳頭はどのようにリモデリングしたのだろうか。
 これに関しては個体差が大きいため、さらなる研究が必要である。
・両群において、第一小臼歯のMobilityについて比較した。
 一般的な間違いとして、上顎第一小臼歯は歯根が細く短いため、犬歯のように咬合力に抵抗することができず、動揺度が増加してしまうのではないかということである。
 また、今回のAGの場合は第一小臼歯を圧下させ、Buildupにより歯冠を大きくしているため、歯冠-歯根比が悪くなっている。
 しかしながら、両群の第一小臼歯のMobilityを比較したところ、有意差は認められなかった。 
 この結果は過去の研究とも一致しており、犬歯の代わりに第一小臼歯を利用しても咬合と機能には問題がないと報告されている。
 AGの92%はグループファンクションだったが、CGは32%が犬歯誘導であった。
・過去の研究では、空隙閉鎖を行った群と先天性欠如部位に補綴処置を行った群とで歯周組織と顎関節の状態に差はなかったと報告されている。
 これは、今回の研究でも同様の結果であった。
 しかしながら、顎関節症はそこまで頻繁に生じるものではなく、特にAGについてはよりサンプル数を増やした調査が必要である。
 空隙閉鎖後の顎関節症について評価するためには、動的治療の直前、直後、10年後で比較するのが好ましい。
そのため、今回の顎関節症に対する評価は信頼性の高いものではないと考えられる。
しかしながら、今回の結果は、「若年者において、咬合が顎関節症に与える影響は極めて少ない」という考え方を支持するものだった。
・今回の研究はそれぞれの群においてサンプル数が少なく、後ろ向きの研究デザインで、ランダム化もされていないものだった。
 そのため、今後はサンプル数を増やし、前向きのランダム化臨床試験で歯周組織、顎関節症の頻度と重症度を長期的に観察した研究や、空隙閉鎖を行った群と補綴処置を行った群とでの審美的な評価やスマイルラインの評価を調査する必要があると考えられる。

まとめ

・上顎側切歯の先天性欠如症例に対して、第一小臼歯を圧下させ、犬歯を挺出させて、近心移動により空隙閉鎖を行う治療を行っても、10年後の歯周組織の状態は良好であった。
 これは、先天性欠如を認めず、非抜歯にて矯正治療を行ったものと同程度の状態だった。
 第一小臼歯の圧下と犬歯の挺出は長期的にみて、歯周組織の崩壊やアタッチメント ロスを惹起するものではなかった。
・第一小臼歯の圧下と犬歯の挺出を行って近心移動をしても、これらの動きをさせなかったものと比較して咬合の機能に有意差は認められなかった。

To the Top