日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。
Retention period after treatment of posterior crossbite with maxillary expansion: a systematic review.
Dental Press J Orthod. 2017 Mar-Apr;22(2):35-44.
Costa JG, Galindo TM, Mattos CT, Cury-Saramago AA.
緒言
臼歯部交叉咬合は、乳歯列期または混合歯列期で7.5-22.0%、永久歯列期で10.2-14.4%に認められると報告されている。
この不正咬合の原因は歯槽性、骨格性、機能性などが挙げられるが、いくつかの文献では、乳歯列期に吸指癖を中止するか、慢性の呼吸性疾患を治療することで改善すると報告されている。
しかしながら、自然治癒はほとんど見込まれない。
青年期と大人の臼歯部交叉咬合を調査した研究では、頭蓋顎顔面や下顎の成長に影響を与えるため、早期に治療することが良いと報告されている。
臼歯部交叉咬合の治療として成人における上顎側方拡大は、非外科で行うかどうかは議論の余地がある。しかし、成長期の患者さんにおいて、側方拡大に用いる装置と保定装置は、Haas、Hyrax、Quad-helix、Removal plate、Grinding、Edgewise fixed applianceなどを用いた方法がある。
成長期で臼歯部交叉咬合を認める患者さんの治療を行うことで、成長を正常に戻すことができ、口腔機能や全身の健康状態も改善することができる。
しかしながら、方法論として、上顎側方拡大後の適切な保定期間に関しては共通認識が得られていない。
そこで、本文献は、成長期の患者さんに上顎側方拡大を行い、保定に関する安定性についてのSystematic reviewである。
文献の選択基準
・研究のデザインとして、成長期の患者さんを対象にしており、ランダム化比較試験もしくは前向き、後ろ向き比較試験である
・臼歯部交叉咬合を有する対照群を有している
・上顎側方拡大を行っている
・保定期間を有している
・保定開始後、最低6ヵ月間の経過観察を行っている
文献の除外因子
・前歯部交叉咬合を有している
・対象に頭蓋顔面の異常を認める患者さんを含んでいる
・対象に以前に矯正治療もしくは外科的矯正治療の既往がある患者さんを含んでいる
・文献がCase reportである
・著者の意見に基づく文献である
・学位論文である。
・Literature reviewもしくはSystematic reviewである
文献検索
・コンピュータによるデータベースから、2015年5月28日から2016年1月15日までのCochrane Library、Web of Science、PubMed、Scopusを用いた。
・言語やその他の出版物に関するデータに制限は設けなかった。
・2人の評価者により、まずタイトルと抄録にて文献の取捨選択を行い、その後の選択した文献において、補助的に参考文献を手動で検索した。
その後、ランダム化比較試験に関してはCochrane risk of bias toolを、非ランダム化比較試験に関してはDowns and Black checklistを用いて文献の質の評価を行った。
結果
・最終的に、今回採択された文献は6個であり、その内2個の文献がランダム化比較試験であった。
・今回採択された文献における上顎側方拡大後の保定期間は5-16ヵ月であった。
・使用された保定装置は固定式(Acrylic plate expander、Hass、Hyrax、Quad-helix9)もしくは可撤式(Hawley、Hawley expander)であった。
・観察期間は6-60ヵ月で、後戻りの割合は0-27%であった。
考察
・ランダム化比較試験もしくは非ランダム化比較試験の主な欠点の1つにブラインディングにあり、治療の方法を評価することができないことである。
また、非ランダム化比較試験に関しては、処置後の経過観察がおろそかになってしまうことも問題である。
・今回の文献での上顎側方拡大装置は、Hass、Hyrax、Quad helix、Removable acrylic expansion plate、Cemented acrylic plateであった。
そして、ほとんどの研究において拡大装置がそのまま保定装置として使用されていたが、Quad helixを用いた研究のみ、保定装置は可撤式のHawley retainerだった。
・今回の文献の対照群について、つくかの文献は臼歯部交叉咬合を認めるものを対象にしていたが、臼歯部交叉咬合を認めず、正常咬合のものもしくは左右的な不調和を認めない他の不正咬合を有するものを対象にしている研究もみられた。
これらの研究は対照群を1つ以上設けていたが、これは1つの群として考慮する必要がある。
そして、臼歯部交叉咬合を対照群にしなかった文献の考察では、研究デザインとして3年間のフォローアップをしていた。
臼歯部交叉咬合を対照群にしなかった理由として、この不正咬合は出来るだけ早期に治療するのが望ましいと考えられるからとしている。
・歯を固定源にしている拡大装置の場合、臼歯部の頬側傾斜も認め、保定を中止すると初診時の傾斜に戻ってしまうことから、オーバーコレクションを推奨している文献も認められた。
4個の文献では、すべての群においてオーバーコレクションがなされていたが、2個の文献ではオーバーコレクションがなされていなかった。
このオーバーコレクションがなされていなかった文献のうちの1つで、長期観察を行った結果、治療結果は安定しており、後戻りは大臼歯咬頭間距離で1.6%であったとしている。
しかし、たとえそうであっても、大臼歯にはBuccal root torqueがかかるように装置を調整すべきだと報告している。
・Haasを用いて保定を行った研究では、大臼歯間幅径において、最低7ヵ月行ったもので1.0%、最低8ヵ月行ったもので0.9%の後戻りが認められた。
このことから、拡大後の保定は7ヵ月以上の長い期間行った方が安定し、後戻りが少ないと考えられる。
そして、平均的な後戻り量はわずか0.1mmでありこれは臨床的には大きな影響を与えない数値である。
・Hyraxを用いて保定を行った研究では、大臼歯間幅径で27%の後戻りが認められたと報告されている。しかし、この研究での実験群の平均年齢は14歳であり、この後戻りの割合の高さは患者さんの年齢に関係していると考えられる。
実際、その他の研究での実験群は5.1-9.7歳であり、上記の研究よりも若い混合歯列期の患者さんであった。
・可撤式装置を保定装置として6ヵ月間使用した研究での後戻りは、大臼歯間幅径で3.2%のものと1.2%のものがあった。
前者の研究では、最初の3ヵ月間は終日、その後は夜間のみの使用を指示していた。
一方後者の研究では、6ヵ月間終日の使用を指示していた。これが、前者の方が後戻りが大きかった要因であると考えられる。
・6ヵ月間の保定における固定式装置と可撤式装置の後戻りの割合は、大臼歯間幅径でぞれぞれ1.2%と3.2%であった。また、拡大をQuad helixで行い、保定をHawley retainerで行った研究においても、同様の数値だった。
Quad helixの最大の欠点は装置の破損である。
一方、可撤式装置の最大の欠点は装置の紛失と、それに伴い、さらなる技工料がかかることだった。
しかしながら、それよりも大きなものは、患者さんの協力度に大きく依存するということである。
・固定式拡大装置を使用した研究において口蓋表面の骨格的な測定を行った結果では、30ヵ月の経過観察で後戻りはみられず、むしろ上顎幅径に6.38%の増加が認められたと報告されている。
この研究において、実験群の上顎幅径は、正常咬合を有する対照群と比較して同等かそれ以上の増加がみられた。
考察として、固定式拡大装置を用いることで正常な成長の割合と正常な咬合、頭蓋顔面の発達が再建されたためとしている。
・4個の文献について、臼歯部交叉咬合の後戻りが認められたと結論付けられていた。
その割合を計算してみると、Hassを用いて最低7ヵ月保定を行ったもの、可撤式装置を用いて、最低6ヵ月保定を行ったもので0%、Quad helixを用いて6ヵ月保定を行ったもので5.0%、quad helixと可撤式装置を用いて6ヵ月保定を行ったもので9.1%、Acrylic cemented plateを用い、固定式装置にて1ヵ月保定を行った後に可撤式装置で4ヵ月の保定を行ったもので26.7%であった。
以上の事から、臼歯部交叉咬合の改善後に後戻りが認められるのは稀なことではないと考えられる。
・8人の患者さんに後戻りがみられた研究においては、これらの患者さんはClass IIIの成長パターンを示しており、負のOver jetと顔面非対称がみられたためと考察している。
・今回のSystematic reviewではランダム化比較試験が不足していた。
ランダム化比較試験は同じ装置による異なる期間の保定や臼歯部交叉咬合の治療における安定性などが評価でき、より効果的な治療計画を立案できることからも必要不可欠であると考えられる。
まとめ
今回のSystematic reviewでは、臼歯部交叉咬合の治療において、臨床的に6ヵ月間終日の保定を行うことで安定した結果を得られる可能性があるが、この科学的根拠の信頼性としては中等度のものだった。