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矯正治療; 歯根吸収について

カテゴリ:Root Resorption

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

Association of orthodontic force system and root resorption: A systematic review.

Am J Orthod Dentofacial Orthop. 2015 May;147(5):610-26. 

Roscoe MG, Meira JB, Cattaneo PM.

 

緒言

 矯正治療の理想は、最適な矯正力を用いて医原性の副作用を最小限にし、最大限の歯の移動をさせることである。
 矯正治療によって生じる炎症性の歯根吸収は、矯正治療における好ましくないリスクの一つである。
 そのため、生体力学的に、矯正治療のどんな要因が炎症性歯根吸収のリスクになり、重症度に影響を与えるかを明らかにすることは非常に重要である。
 1930年の文献では、歯の移動において、組織の活力を維持させた状態で、細胞活性が最大になるような最適な力を加えることで、毛細血管が圧迫されると報告されている。
 もしもこの毛細血管への圧迫が過度になると、毛細血管の崩壊が生じ、血液の供給が遮断されてしまう。これにより、セメント質前駆体からなる歯を保護している最外層とセメント芽細胞層の形成が分解され、分解細胞の吸収性の活動が活発になる。
この過程により石灰化された歯の組織が露出し、炎症が惹起され、骨吸収様の歯根吸収が生じる。
 矯正治療全体を通して、1.0-5.0%に4.0mm以上もしくは歯根長の1/3以上の重度根吸収がみられるとの報告もみられる。
 この歯根吸収により歯冠:歯根比が変化してしまう。
 3.0mmの根吸収は1.0mmの歯槽頂の吸収と等しく、炎症性歯根吸収を伴う場合、より急速な歯槽骨の吸収が生じてしまう。
 矯正治療によりすでに外層に外傷がある歯の移動を行うと、歯根吸収のスピードが早く、かつ重篤になりやすい。
 歯根吸収に関する研究、Systematic review、Meta-analysisは数多くなされており、多くの文献で矯正治療を行う上での時間と矯正力が関係しているといわれている。
 また、歯の移動様式や方法、力の持続時間(持続的なのか間歇的なのか)も同様に関係があるといわれている。
 しかし、いまだに機械的な側面、方法論の質、バイアスのリスクを評価した炎症性根吸収に対するSystematic reviewは存在しない。
 そこで、本文献は、矯正治療の結果として生じる歯根吸収に対して、科学的な信頼性を評価することを目的としたSystematic reviewである。
 

 文献検索

・コンピュータによる文献検索は、PubMed、Cochrane、Embaseから行った。
 そのうち、PubMedとCochraneにおいては、「Orthodontics」、「Root resorption」、「BiomechanicsまたはDental stress analysis」を含む用語の文献を検索した。
 Embaseにおいては、「Orthodontuics」、「Tooth root」、「BiomechanicsまたはDental stress analysis」を含む用語の文献を検索した。
・コンピュータによる文献検索のもれを補うため、マニュアルによる文献の検索も行った。
・発行年、発行形態、使用言語についての制限は設けなかった。
・検索は、2013年12月17日までに発行されたものとした。
・最初にスクリーニングとしてタイトルと抄録を評価し、その後本文により矯正治療におけるマルチブラケット装置もしくはアライナーを用いたものと歯根吸収との関係に言及しているものを調査した。
・先天性の要因による歯根吸収のリスクがベースになっているものについては、採択しなかった。
・2つ目のステップとして、選択基準と除外基準を設け、該当しているかを調査した。
 選択基準は「ヒトを対象にしているもの」、「矯正治療の結果歯根吸収が惹起されたものを評価しているもの」、「n数が最低10人であること」にした。
 除外基準は「ケースレポートであるもの」、「私見のみであるもの」、「質問形式の研究であるもの」、「炎症性根吸収の診断および測定がL-Rもしくはオルソのみで行われているもの」にした。
・研究デザインについて、ランダム化、非ランダム化、コホート研究の中で、最も低いレベルはコホート研究とした。
・対象にした文献について、定量的、定性的な情報は除外した。
 また、発行年、治療法、患者さんの数と年齢、治療期間と観察期間、治療結果の評価法、文献における結論、方法論の質的評価について評価した。
・そのほかに必要な情報があった際は、著者に直接メールを送って聞いた。
・文献の信頼度について、研究デザインとして「時間」、「ランダム化されているかどうか」、「対照群があるか」、「n数」、「選択基準」、「目的がはっきりしているか」を点数化した。
 また、方法論として「装置の種類が明確か」、「矯正力の大きさが明確か」、「術前に撮影しているレントゲンの種類」、「根吸収の評価法」、データ分析として「統計学的分析が適切か」、「エラーについて言及しているか」、「データの表示法」についてそれぞれ点数化した。
・ランダム化された前向き研究が最も効果的な調査法である。
 ランダム化されていない場合、著者があらかじめ考えた歯根吸収の原因により、患者さんのサンプル抽出にバイアスが入る可能性があるため、注意しながら評価した。
・n数において、遺伝的な要因が炎症性根吸収を引き起こすこともあるため、サンプル数が多い方が可変性を少なくすることができると考え、スコアを高くした。
・患者さんの選択において、歯根吸収しやすい要因を除外するために、選択基準を重要視した。
・歯根吸収における評価について、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)、マイクロCT(μCT)を使用している方が、レントゲンによる評価よりも高スコアの評価をした。

結果

・最初の段階で、PubMedから128タイトル、Embaseから115タイトル、Cochraneから16タイトル、マニュアルの検索で4タイトルの文献を抽出した。
 その中から、重複している26タイトルの文献を除外し、237タイトルの文献が残った。
 この中で、最初のスクリーニングとして不適切なタイトルと抄録であった112タイトルの文献が除外され、125タイトルの文献において2番目のステップのスクリーニングを行った。
 その結果、52タイトルは選択基準を満たしておらず、52タイトルは除外基準に該当していた。
 最終的に今回の研究では21タイトルの文献を採用した。
・採用した文献についてバイアスのリスクについて評価した結果、2つの文献において同様のサンプルであったため、この2つの文献は組み合わせて1つのものとした。
・採用した文献の90%の文献がClinical trialで、2つの文献はHistoric cohortであった。
・採用したすべての文献献は英語で書かれており、1982-2012年のものだった。
・採用した文献について、方法論の質的評価は48-86%で、平均は72%であった。
・採用した文献の科学的根拠について、13タイトルは高い(62%)、5タイトルは中等度(24%)、3タイトルは低い(14%)だったが、研究の方法が不均一であったため、Meta-analysisを行うことはできなかった。


考察

・矯正治療において、機械的な要因に関連した歯根吸収についての研究は数多くなされているが、今回のSystematic reviewでは、21個の文献のみが採択された結果になった。
 治療方法において、研究デザインが異なっていたため、すべての文献を定性的に評価することはできなかった。
 さらに、ほとんどの研究において研究デザインと方法が同様の研究グループによって行われたものであったため、Meta-analysisを行うことができなかった。
 その理由として、この条件でMeta-analysisを行うと、結論にバイアスが生じてしまう可能性があると考えられたためである。
・今回のSystematic reviewにおいて、11タイトルはランダム化無作為抽出試験であり、8タイトルは非ランダム化比較試験、2タイトルはコホート研究であった。
 ランダム化無作為抽出試験は、非ランダム化比較試験やコホート研究と比較して、サンプルをランダムに抽出していく点がとても優れている。
 一方、コホート研究はランダム化無作為抽出試験と比較して、より多くのサンプルを長期的に観察することが可能である。
 これらの理由から、コホート研究は炎症性根吸収にとっては非常に適した研究デザインであると判断し、今回のSystematic reviewに採用した。
・方法論の質的評価において、今回採用した文献のスコアは48-86%で、平均は72%であった。
 これは、科学的根拠としては高いレベルである。
 その理由として、今回採択した文献では、炎症性歯根吸収の診断や測定法においてオルソやL-Rのみを使用している研究は除外したためであると考えられる。
 L-Rで切歯を重ね合わせたり、オルソにて歯の位置や傾斜の歪みを判断する方法は、2次元のレントゲンの歪みが生じてしまう可能性があると考えられる。
・21タイトルのうち17タイトルは小臼歯を対象にしていた(12タイトルは上顎小臼歯のみ、5タイトルは上下顎小臼歯)。
 そして、これらはすべて科学的根拠のレベルが高かった。
 小臼歯は、歯根吸収が生じやすい歯ではないが、矯正治療において最も頻繁に抜歯される歯である。
 このため、Split mouthによるランダム化無作為抽出試験を行うことができ、抜歯後の歯をSEM、TEM、CLSM、μCTを用いることで正確な歯根吸収の状況を観察することが可能であった。
 残り4タイトルは切歯を対象にしており、バイアスのリスクが高く検出された。
 方法論の質的評価として最も信頼でいる値は7であり、この4タイトルの中で一番大きいものでも6であった。
 しかし、実際に前歯を抜歯することは現実的ではなく、SEM、TEM、CLSM、μCTといった最も信頼できる診断法を用いることはできない。
 そのため、炎症性根吸収において抜歯をすることができない場合は、今回採択した4タイトルについては問題ないと判断した。
・炎症性歯根吸収における数多くの文献について、対照群が設定されていなかったり、対象の選択基準があいまいであったり、術前に正確なレントゲン検査が行われていなかったものが散見された。
 炎症性歯根吸収に関する研究では、歯根吸収が矯正治療によるものであることを判断するうえで、実験群と対照群との比較が非常に重要である。
 また、術前のレントゲン検査を行っていない場合、歯根吸収のリスクがもともとある患者さんを検出することができない。
 今回検索した文献の中で、57%の研究において対照群が設定されておらず、33%の研究で適切な選択基準が設けられておらず、43%の研究で適切な術前のレントゲン検査が行われていなかった。
・今回採択した文献は、ほとんどが科学的根拠の高いレベルであったが、すべての文献において少なくとも1つのバイアスが存在していた。
 その例として、矯正治療を行った術者がブラインドされていなかったり、ランダム化されていなかったりというものである。
・小臼歯において、炎症性歯根吸収と矯正力との関係について評価した12タイトルのSplit-mouthの研究では、1つのものを除いて、すべ同じ研究グループによって行われたものであった。
 矯正力の比較としては、弱い矯正力(25g)と強い矯正力(225g)、弱いトルク(2.5°)と強いトルク(15°)、弱いい遠心傾斜力(2.5°)と強い遠心傾斜力(15°)であった。
 また、ほとんどの研究によって圧下に伴う頬側傾斜もなされていた。
 このうち、1つの文献を除いて、強い矯正力と歯根吸収の増加に正の相関関係が認められた。
 また、固定式か可撤式かという装置の種類と根吸収の重症度に関しても評価された。
その結果、可撤式のアライナー装置を用いても従来のマルチブラケット装置を用いても、弱い矯正力の場合は結果に有意差は認められなかった。
 しかし、これらの結果の解釈には注意が必要である。
 はじめに、可撤式装置は持続的に歯に矯正力を加えることができないため、矯正力のコントロールが難しい。
2つめに、歯の移動量に大きな可変性があり、患者さんが装置をどのくらい使用するかによって変わってくるということを考慮すべきである。
・2つの研究において持続的な矯正力と間歇的な矯正力における比較を行っているが、その結果は矛盾したものだった。
 1つめの研究では、は2つのシステムに有意差は認められなかったと報告されており、もう1つの研究ではアーチワイヤーにSSを用いた場合とSuperelastic NiTiを用いた場合とで炎症性根吸収に有意差が認められたと報告されている。
 この2つの差は、歯根吸収の評価法の違いによるものであると考えられる。
 有意差が認められなかったとしている前者の文献では光学顕微鏡を使用しており、有意差が認められたとした後者の文献ではCLSMを使用しており、3次元分析を行っていた。
 この、有意差が認められたとした文献を支持するいくつかの文献の考察では、歯の移動における静止期にセメント質の吸収が回復することができると述べられていた。
・炎症性根吸収と治療期間について評価を行ったところ、治療期間と歯根吸収とに正の相関関係が認められた。
 1つの文献では、治療開始3週間で吸収窩の深さが増加したと報告されており、別の文献では、矯正力負荷1-4週間後に重症度が増加したと報告されている。
 これらによると、歯根吸収と時間との間に関係があると考えられる。
 しかし、今回のSystematic reviewにおけるランダム化無作為抽出試験10タイトル中8タイトルの文献で最大の処置期間は4週間であると報告されていた。
 これは、倫理的側面と臨床的側面から今回のSystematic reviewに対して適していると考えた。
 実験期間を4週、8週、12週で比較したものでは、12週矯正力を負荷したものが有意に歯根吸収量が増加していた。
 これは、矯正力負荷後8週で骨芽細胞の活性が増加することと関係していると考えられるが、これについてはさらなる研究が必要であると考えられる。
・炎症性根吸収の好発部位については、矯正による歯の移動様式と関係していると考えられる。
 強く圧迫されている部位が強く牽引されている部位と比較して吸収しやすい。
 例えば頬側傾斜の場合、頬側歯頚部と舌側根尖部が、頬側へのトルクの場合は頬側根尖部と口蓋側歯頚部が、回転の場合は頬側-遠心境界部と舌側-近心境界部が、歯根の遠心傾斜では遠心の根尖部と歯根の真ん中の1/3部と近心の歯根歯頸側1/3部が、挺出の場合は遠心面が吸収しやすいと考えられている。
 しかし、圧下の場合の統一見解はなく、1つの研究では歯根の根尖1/3側近遠心面が、別の研究では歯根の頬側歯頚部と歯根の根尖1/3が吸収されやすいと報告されている。
 この文献では、さらに炎症性歯根吸収の評価法についても注意を要すると言及していた。
 前歯部を評価した4つの文献では咬翼法を利用していたが、咬翼法では根尖部の吸収と短根化のみが検出可能である。
 この4つの文献中3つで、咬翼法に加えてSEMや組織学的な評価も行っていた。
 これらから、咬翼法のみでは正確な吸収の程度を把握するのは難しいと考えられる。
 一方、SEMや組織学的分析は、その歯を抜歯しなくてはならないため、臨床上で使用するのは不可能である。
 これに変わる方法として、いくつかの研究ではCBCTの撮影が提案されていた。
 CBCTは3次元でとらえられるためイメージをより鮮明に把握することができ、立体構築も可能であるため、より信頼性の高い方法である。
 しかし、このCBCTを用いた研究は今回のSystematic reviewでは含まれていなかった。
・炎症性根吸収に関する調査の科学的根拠をより確かなものにするためには、対照群を設け、選択基準と除外基準の条件をより厳格なものにし、術前にレントゲン検査を行う必要があると考えられる。
 また、正確な統計学的分析を行うために正しいn数の設置とランダム化の方法、処置と結果の評価のブラインド化がバイアスのリスクを減少させることができると考えられる。

まとめ

・矯正治療における歯根吸収の評価において、高いレベルの科学的根拠を得ることができた。
・Meta-analysisを行うことはできなかったが、歯根吸収と矯正力の大きさ、歯根吸収と治療期間について正の相関関係が認められた。
・歯の移動において、静止期は吸収されたエナメル質が治癒するため、歯根吸収を減少させるのに有効であると考えられる。
・対照群の欠如、不明瞭な選択基準、術前の適切な検査不足は、炎症性歯根吸収の研究において最も多い方法論の欠陥である。
・今回のSystematic reviewでは、炎症性根吸収における研究では、抜歯された小臼歯に対するランダム化無作為抽出試験を行うことが最も適切な研究デザインである可能性が示唆された。

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