日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。
Treatment of a transmigrated and an impacted mandibular canine along with missing maxillary central incisor: A case report
Orthodontic Waves, Volume 78, Issue 2, June 2019, Pages 84-92
Amit P.Jaisinghani, Tejashri Pradhan, Kanoba M.Keluskar, VanashreeTakane.
緒言
下顎犬歯の転位の原因は遺伝性、幼児期や小児期の外傷、乳歯の晩期残存や早期喪失、嚢胞などが考えられるものの、原因がはっきりはしておらず、非常に稀なケースである。
顎骨内にある下顎犬歯の転位に関して、Mupparapuは以下のように分類分けをしている。
Type 1: 犬歯が正中方向に近心傾斜しおり、前歯部に対して唇側もしくは舌側にあって歯冠が正中をまたいでいる。
Type 2. 犬歯が下顎下縁付近に水平埋伏しており、前歯部根尖より下方に位置している。
Type 3. 犬歯が正中をまたいで反対側に位置している。
Type 4. 犬歯が下顎下縁付近に水平埋伏しており、反対側の臼歯部根尖よりも下方に位置している。
Type 5. 犬歯が正中をまたいで垂直的に位置している。
犬歯の転位における処置としては、抜歯、自家移植、矯正治療によるAlignmentなどが挙げらる。
本文献は、下顎犬歯の転位と埋伏に関するケースレポートである。
対象
患者さんは19歳男性で、乳歯の晩期残存が主訴であった。
既往歴として、9年前に顎への外傷により上顎左側中切歯を喪失した。
また、3年前に上顎左側側切歯の根管治療を行った。
側貌はConvex typeであった。
口腔内所見として、Class II div.1で臼歯関係は両側Full Class IIであり、Over jet +5.0mm、Over biteは40% deepであった。
下顎両側犬歯の晩期残存と両側犬歯の埋伏が認められ、左側に関しては側切歯頬側に隆起が認められた。
オルソパントモグラフィーにて、左側側切歯と乳犬歯との間に近心傾斜している左側犬歯を認め、右側犬歯に関しては上記のType 1.の転位が認められた。
オクルーザルによる唇舌的な評価では、両側犬歯ともに下顎前歯部よりも唇側に位置しており、前歯部に歯根吸収は認められなかった。
上顎左側側切歯には変色が認められ、60%の骨のサポートとGrade 1.の動揺が認められ、根管治療がなされていた。
セファロ分析では、上顎の前方位(SNA 87.0°)によるClass II skeletal pattern(ANB +4.0°、AO-BO 2.0mm)、下顎下縁平面の傾斜は平均的(FMA 24.0°、Go-Gn-SN 29.0°)、上下顎前歯の唇側傾斜(U1-NA 10.0mm、U1-SN 125.0°、L1-NB 7.0mm、IMPA 108.0°)であった。
治療目標
・上下顎歯列のLevelingとAlignment
・上顎歯列正中の是正
・犬歯・臼歯関係Class Iの確立
・良好な側貌の獲得
治療方針
患者さんに以下の2つを提示した。
・下顎において両側乳犬歯と埋伏犬歯の抜歯を行い、下顎第一小臼歯を犬歯の代わりに使用する。
上顎に関しては右側第一小臼歯の抜歯を行い、左側側切歯を左側中切歯の代わりに、左側犬歯を左側側切歯の代わりに、左側第一小臼歯を左側犬歯の代わりに使用する。
・上顎右側第一小臼歯と下顎両側第一小臼歯、両側乳犬歯の抜歯を行い、下顎両側埋伏犬歯の開窓、牽引を行う。
上顎に関しては左側側切歯を左側中切歯の代わりに、左側犬歯を左側側切歯の代わりに使用する。
治療計画
下顎右側埋伏犬歯は前歯部歯根と近接しており、抜歯をすることで歯根吸収のリスクがあることと、過度の骨喪失が予想されるため、上記の2番目である、両側乳犬歯の抜歯と両側犬歯のAlignmentを行うことにした。
治療経過
・ブラケットはMBT 0.022 slot(3MUnitek)を用い、上下顎ともにAlignmentを開始した。
・下顎右側に関しては、乳犬歯の近心に力線通ることで右側犬歯のUprightの効果を発揮するようにするとともに舌側への力がかからないように、左側に関しては第一小臼歯-第二小臼歯間に、それぞれ1本ずつ矯正用インプラントを埋入した。
・外科的に下顎両側犬歯の開窓を行い、両側犬歯歯冠に0.010”の結紮線を装着したBeggブラケットを装着した。
そして、結紮線のみが出るようにフラップを閉じ、開窓7日後から、結紮線と矯正用インプラントとをパワーチェーンでつなぎ、下顎犬歯に75gの力がかかるように牽引を開始した。
また、パワーチェーンは、4週間に1回の交換を行った。
右側に関して、開窓5ヵ月後には埋伏犬歯による頬側に明確な隆起が認められ、矯正用インプラントに近い位置まで移動してきた。
そのため、矯正用インプラントを撤去し、アーチワイヤーの小臼歯遠心にクリンパブルフックを装着し、このクリンパブルフックと犬歯とをパワーチェーンでつなぎ、牽引を続けた。
この際の下顎のアーチワイヤーは0.019×0.025″ SSにし、歯列弓を一体化させるため、すべての歯を結紮した。
・下顎左側犬歯に関して、開窓8ヵ月後に、歯根の近心捻転は残っていたものの、咬合平面の近くまで移動してきた。
そのため、ブラケットの位置を変更し、0.012” NiTiをOverlayしてAlignmentを開始し、0.016” Cu NiTiまでサイズアップした。
・開窓9ヵ月後には、右側犬歯歯冠が口腔内に露出してきた。
そのため、ブラケットの位置を変更し、L loopを用いてUprightを行った。
・開窓12ヵ月後には両側犬歯が咬合平面のレベルまで達した。
しかし、唇側にGrade 1.の歯肉退縮が認められたため、Box loopによりLingual root torqueをかけた。
このワイヤーを6週間維持させたが、良好な歯肉退縮の改善は図れなかった。
・空隙閉鎖後、患者さんが前歯部の突出とスマイル時の前歯の過度な露出を訴えた。
セファロ分析上でもIMPAが110.0°に増加していたため、患者さんに説明し、下顎両側第一小臼歯と上顎右側第一小臼歯を抜歯する治療計画へと変更した。
上顎左側に関しては中切歯のスペースを利用するため抜歯は行わず、側切歯を中切歯の代わりに、犬歯を側切歯の代わりに使用することにした。
そのため、上顎左側側切歯には中切歯用のブラケットを装着し、上顎左側犬歯については唇側を0.5mm削合し、尖頭も削合して側切歯用のブラケットを装着した。
上顎において、0.016” NiTiにてAlignmentを開始し、その後0.019×0.025″ Heat activated NiTiを用いてAlignmentを行った。
・上顎左側側切歯において、歯肉の辺縁の高さをそろえるため、左側側切歯にUtility arch(2×1 appliance)を用いて、2ヵ月間圧下を行った。
その後、右側中切歯と同じ形にするため、CRにてBuild-upを行い、ブラケットのポジションを変更してAlignmentを行いった。
上顎左側犬歯に関しては、歯根の突出を改善するため、0.017×0.025″ TMAにてLingual root torqueをかけた。
・犬歯、臼歯関係I級を確立するため、前歯部のクリンパブルフックから臼歯部に6ヵ月間パワーチェーンをかけた。
・動的治療期間は27ヵ月であった。
・保定装置として、下顎に小臼歯-小臼歯間に固定式保定装置を装着した。
治療結果
・叢生が改善され、正常なOver jet、Over biteが確立された。
また、歯列正中も一致した。
・左側に関しては犬歯、臼歯関係がI級になったが、右側に関しては2mm II級であった。
・良好なスマイルラインと側貌になった。
・圧下した上顎左側側切歯に関して、歯肉辺縁の高さを隣在歯と合わせることができた。
・下顎歯周組織に関して、全顎的に問題はないが、右側犬歯にGrade 1. の動揺が認められた。
・セファロ分析において、上下顎前歯の唇側傾斜が改善され(U1-SN 125°→ 104°、IMPA 108°→ 89°)、Nasolabial angleは増加した(96°→ 118°)。
考察
・過去の研究では、リップバンパーを用いて埋伏犬歯の萌出誘導を行った報告がなされている。
今回の症例では、右側犬歯が下顎前歯部の歯根と近接しており、遠心舌側方向の力により右側犬歯の歯冠が前歯部の歯根を通ることによる歯根吸収のリスクがあった。
そのため、リップバンパーを用いるメカニクスは使用しなかった。
・今回の症例では矯正用インプラントを用いた。
これにより舌側方向への力をかけることなく萌出誘導を行うことが可能であったため、歯根吸収のリスクを回避することができたと考えられる。
また、もしもその他の歯を固定源にした場合り、埋伏犬歯がアンキローシスしていると、固定歯が圧下してしまう可能性がある。
矯正用インプラントを用いることでこれを回避することができ、牽引と同時に下顎歯列のAlignmentを行うことができた。
そのため、治療期間の短縮を行うことも可能であった。
・今回、特に右側犬歯にてAlignment後にGrade 1. の動揺が認められた。
この原因として、咬合平面から離れている位置で外科的にBegg ブラケットからEdgewise ブラケットに付け直したことが考えられる。
歯根の唇側傾斜を改善するため、0.017×0.025″ TMAにてLingual root torqueをかけた。
これにより歯根の唇側傾斜を改善することはできた、歯肉退縮に関しては改善しなかった。
この、トルクコントロールによる歯肉退縮の改善については、エビデンス的にあまり強くはないと報告されている。
また、この歯肉退縮部に歯肉移植術は行わなかった。
その理由は、スマイル時に見える部分ではなく、審美的にあまり問題にならないと判断したためである。
・今回の症例では上顎左側中切歯の欠如が認められたため、上顎左側側切歯を中切歯に、犬歯を側切歯に、小臼歯を犬歯の代わりに使用した。
側切歯を中切歯の代わりに使用する場合、右側中切歯と左側側切歯部の歯肉辺縁の高さを揃える必要がある。
これについては、Modifying the intrusion utility arch(2×1 appliance)を用いて側切歯の圧下を行うことで達成した。
また、上顎左側側切歯には中切歯用のブラケットを装着した。
過去の報告によると、対合との咬合干渉を防ぐため、犬歯の尖頭の咬合調整と、唇側面の0.5mmの削合を行った後、犬歯には側切歯用のブラケットを装着するのが良いとされている。
これにより、同部の歯肉辺縁を高位に誘導することが可能である。
また、同文献では、犬歯の代わりに使用する小臼歯においても、圧下することで歯肉辺縁の高さを揃えることが可能であると報告されているが、今回は行わなかった。
今回の症例において、小臼歯にはラミネートべニアにてBuild-upを行い、Mutually protected occlusionのガイド様式にした。
また、小臼歯の口蓋側咬頭は頬側咬頭よりも低位にあり、咬合干渉を惹起しづらいと考えたため、小臼歯の圧下は行わなかった。
・今回の症例では、3年前に上顎左側側切歯の根管治療がなされていた。
治療法の選択肢として、この上顎左側側切歯を抜歯し、上顎右側中切歯を左方に移動し、正中にまたがるようにする方法も考えられた。
この治療法の欠点は、審美的な改善のため、6本の歯に対する修復処置が必要な事である。
上顎左側側切歯を抜歯しなかった最大の決め手は、レントゲン上で根尖に透過増が認められず、予後が良いと判断したためである。
過去の文献によると、根管治療の質よりも修復処置の質の方が重要であるとの報告もなされている。
今回の治療では、上顎左側側切歯と上顎左側犬歯の2本にのみ修復処置を行ったことで、上顎左側側切歯の抜歯と大掛かりな修復処置を避けることが可能であった。
・動的治療終了3年後においても良好な側貌とスマイルが保たれている。
また、上顎前歯部歯肉辺縁の高さも良好で、上顎右側犬歯の歯肉退縮もすすんではいない。
しかし、右側において、動的治療終了時と比較してOver jetが増加していた。
まとめ
適切な診断とバイオメカニクスの実践により、転位している埋伏犬歯を、隣在歯に対して最小限の侵襲で咬合に参加させることが可能であった。
また、包括的な矯正治療により修復処置と外科処置をできるだけ抑えてより良いスマイルの獲得がなされた。