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矯正治療; 抜歯にともなう顔貌の垂直的な変化について

カテゴリ:T.M.J.

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

Vertical changes following first premolar extractions.

Am J Orthod Dentofacial Orthop. 1994 Jan;105(1):19-24.
Staggers JA1.


緒言

 矯正治療による第一小臼歯の抜歯は、顎関節症を引き起こす可能性があると報告されている。
そのメカニズムは、抜歯により臼歯部が近心移動し、咬合高径が下がることに起因するという考え方である。
 下顎がOvercloseし、咀嚼筋の長さが短くなることによりで顎関節に問題が生じるというもので、一般歯科医で広く考えられている考え方だが、科学的な根拠には欠けている。
 別の考え方として、第一小臼歯抜歯により、特に上顎において過度の前歯部後方移動により、下顎前歯と下顎頭を後方へ押しやり、顎関節症が惹起されるというものもある。
 しかし、これについても実験的に実証されているわけではない。
 そこで、本研究では、第一小臼歯の抜歯と下顔面高の変化との関連性について調査した。

対象

 Class I抜歯ケース45人(実験群)とClass I非抜歯ケース38人(対象群)とし、術前と術後のセファロを撮影して評価した。

結果

・矯正治療による第一小臼歯の抜歯では、下顔面の垂直的な高さを減じる効果は認められなかった。
 むしろ、術前と術後のセファロの比較では、垂直的な高さが増加していた。
・矯正治療後は、両群ともにわずかに下顎下縁平面角が増加し、上下顎第一大臼歯の挺出がみられ、下顔面高が増加していた。
・実験群において、下顔面高は増加していた。
 有意差は認められなかったものの、術後の上顔高と中下顔面高の比率(N-ANS/ANS-M)と軟組織顔面高比(G-Sn/Sn-Me’)は術前と比較して減少していた。
・両群83人中7人(実験群: 3人、対照群: 4人)について、0.5-1.8mmの前顔面高(N-Me)の減少が認められた。

考察

・Class Iにおける抜歯の意義において、第一はA.L.D.の解消で、第二は上顎前突の改善である。
 抜歯スペースの多くは叢生の改善に使用され、その残りのスペースが前歯部後方移動に使用される。
そして、前歯部後方移動の際の固定源は臼歯部ということになる。
もしもこの固定源が全く動かないか、わずかな近心移動だけだった場合、Vertical dimensionの減少は認められない。
 一方、もしも患者さんがClass IIもしくはClass IIIであった場合、抜歯スペースは臼歯関係の是正のために使用され、大臼歯の近心移動が行われることになる。
 しかしながら、この近心移動が必ずしもVertical dimensionの減少につながるわけではない。
 多くの矯正治療では、そもそも臼歯部の挺出が生じるため、Vertical dimensionに関しては維持もしくは増加が認められることを意味する。
 この挺出は、本研究の場合上下顎第一大臼歯に認められた。
・Vertical dimensionの減少が顎関節症の主な原因である場合、無歯顎の患者さんの顎関節症の発生率は高いことが予想される。
しかし、このような報告はなされていない。
 これについては、歯槽突起がVertical dimensionの減少に適応したのか? 補綴により補償されているのか?? など、様々な疑問が生じる。
 義歯を装着していない無歯顎の患者さんの場合、より顎関節の問題が生じやすくなるのか? 歯を喪失した後、顎関節と咀嚼筋の長さは順応していくものなのか??という疑問も生じてくる。
 一つの予測として、歯をすべて喪失した方は、4本の第一小臼歯を喪失するよりも顎関節に与える影響は大きいと考えられる。
 いずれにしろ、無歯顎の患者さんと顎関節症との間に有意な相関関係が報告されていないため、Vertical dimensionの変化は顎関節症にとって大きな病因ではない可能性が示唆される。
・過去の顎関節症の発生率を調査した研究では、矯正治療を行った群と行っていない群との間には有意差は認められなかったとの報告がなされている。
 多くの顎関節症を有する患者さんが矯正治療を受けた経験を有しているが、これは病因的な要因ではなく、経済的な要因と考えられる。
 経済的に矯正治療を受ける余裕がある人は顎関節症に対する治療も受ける余裕がある。
反対に、矯正治療を受ける余裕がない人は顎関節症に対する治療を受ける余裕がないことが多く見受けられる。
 その結果、矯正治療を行っていない群において顎関節症を有する患者さんはたくさん認められるが、経済的な理由から治療を行わないのである。
 そのため、単に矯正治療の経験の有無だけでは、顎関節症の治療に対する全体的な比率を評価することはできないと考えられる。
 また、別の研究では、顎関節症状の発生は7-15歳で30-60%上昇するが、この年齢が一番矯正治療を行う割合が高いためであるとの報告もなされている。

まとめ

 本研究では、第一小臼歯の抜歯によるVertical dimensionの減少は認められなかった。
また、第一小臼歯の抜歯と顎関節症との関係性についても明らかにならなかった。
そのため、これらについてさらなる研究が必要である。

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