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矯正治療; 顔貌の垂直的な長さと歯槽骨の厚みの関係について

カテゴリ:T.A.D.

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

 

Influence of vertical skeletal pattern on cortical and alveolar bone thickness and root spacing in the anterior maxilla assessed by cone beam computed tomography

Orthodontic Waves; Volume 78, Issue 2, June 2019, Pages 63-73
Kitsiporn Boonumnuay, Sirima Petdachai, Vannaporn Chuenchompoonut.

 

緒言

 笑った時に過度に歯茎が見える外見(ガミースマイル)は、審美的な面を含めて顔の魅力に大きく影響を与えることから、自尊心や社交性を損ねてしまう可能性がある。
 そのため、魅力的な笑顔の獲得は、近年の矯正治療における大きな目標の一つである。
 このガミースマイルの原因の多くは上顎骨の垂直的な過成長である。
もしも、矯正治療単独により抜歯を併用した場合、動的治療後に歯肉の露出がさらに増加する傾向にあるため、あまり良い結果にならないことが多い。
 一方、Le Fortによる上顎骨の圧下などの外科的矯正治療の結果は良好である。
 しかしながら、患者さんが外科手術を拒否した場合、それに代わる治療を考える必要がある。
矯正用インプラントを用いて上顎前歯部の圧下を行う治療は、歯肉の露出を減少させることが可能である。
 矯正用インプラントの埋入において臨床的に考えなくてはならないことは、安全性と安定性である。
 安全性については、埋入時の歯根接触を考慮しなくてはならない。
過去の研究によると、直径1.2-1.3mmの矯正用インプラントを埋入する際は歯根間距離が少なくとも3.1mm、直径1.5mmであれば少なくとも3.5mmの歯根間距離が必要であると報告されている。
 安定性については、歯槽骨の質と量を考慮しなくてはならない。
過去の研究によると、矯正用インプラントの安定性については皮質骨の厚みが重要で、少なくとも1mm以上あることが矯正用インプラントの初期安定性において重要であると報告されている。
 これまで、臼歯部や正中口蓋縫合部の皮質骨の厚みに関しての研究は行われているものの、前歯部については十分に行われていない。
また、垂直的な骨格パターンと皮質骨の厚みに関する研究はほとんど行われていないが、Hyper-divergentはHypo-divergentと比較して厚みが薄いと報告されており、矯正用インプラントを臼歯部頬側に埋入して成功率が低いのはHigh-angleであるという報告もなされている。
そのため、High-angleの矯正用インプラント埋入に関しては、より注意をする必要がある。
 本研究では、上顎前歯部において、垂直的な骨格パターンの違いによる皮質骨の厚み、歯槽骨の厚み、歯根間距離の違いを評価した。

対象

 以下の選択基準を設けた。
・2012年1月から2018年1月までの間にバンコクのチュラロンコーン大学にてCBCTを撮影している
・18歳以上である
・Skeletal Class Iである
・矯正治療の既往がない
・上顎前歯部の叢生もしくは空隙が3mm以下
・上顎前歯部の先天性欠如もしくは形態異常が認められない
・金属による大きな修復処置がなされていない
・先天的な頭蓋顎顔面の症候群が認められない
・中等度、重度の歯周病が認められない

 この結果、19-36歳の患者さん51人の患者さんが採択された。

 

評価法

・As Low As Reasonably Achievableの考え方から、撮影範囲にSellaとNasionを含まなかった。
そのため、上下顎の前後的位置関係はWits appraisalを用いた(タイ人の平均: -1.7±2.4mm)。
・垂直的な評価は口蓋平面と下顎下縁平面とのなす角度(平均: 25.24±3.78°)を使用し、Hypo-divergentを<21.5°、Normo-divergentを21.5-29.0°、Hyper-divergentを>29.0°に分類した。
・水平断の基準平面はANSとPNSを通る平面、矢状断の基準平面は口蓋平面に平行になる平面、前頭断の基準平面は上顎両側第一大臼歯近心頬側咬頭を通る平面にした。
・歯根間の測定においては、上顎両側中切歯間(U1-U1)、上顎中切歯-側切歯間(U1-U2)、上顎側切歯-犬歯間(U2-U3)とし、左右でよりAlignmentがなされている片側を用いた。
・皮質骨の厚み、唇側から口蓋側までの歯槽骨の厚み、歯根間距離に関しては、セメント-エナメル境から6mm上方と8mm上方においてそれぞれ測定した。
 なお、8mm上方を上方限界にした理由は、唇側への矯正用インプラント埋入に関する臨床的な限界を考慮した結果である。
・皮質骨と歯槽骨の厚みの測定は、矢状面における根尖からなる平面に対して測定した。
また、歯根間距離については、それぞれの歯根の6mm、8mmの位置の歯槽硬線の最も狭い部位を測定した。

 結果

・それぞれの3つの骨格パターンにおいて、対象の年齢や性差に有意差は認められなかった。
・皮質骨の厚みに関して、U1-U2の8mmの位置とU2-U3の6mmと8mmの位置で有意差が認められた。
 3群のうち最も厚いもので1.35mm、最も薄いもので0.81mmであり、Hyper divergenはHypo-divergent、Normo-divergentと比較して皮質骨の厚みが薄かった。
・すべての群でU1-U1からU2-U3にかけて皮質骨の厚みが増加する傾向であり、すべての群において、U1-U1の出の厚みが最も薄かった。
・6mmから8mmに移動するにつれて、Hypo-divergentのU1-U2とNormo-divergentのU1-U1を除いて有意差がなくなる傾向であった。
・歯槽骨の厚みに関して、U1-U1とU2-U3の6mmのところを除いて有意な差が認められた。
・Hyper-divergentはNormo-divergentと比較して有意に薄かった。
・すべての群で似たような傾向にあり、U1-U2で最も厚く、U1-U1で最も薄かった。
・6mmのところと8mmのところとでの比較では、Normo-divergentのU1-U1、Hyper-divergentのU1-U1、U2-U3で同様の傾向であり、8mmでは6mmよりも有意に皮質骨の厚みが薄かった。
 反対にHypo-divergentとNormo-divergentでのU1-U2では8mmの方が6mmのところよりも厚かった。
・歯根間距離は1.33±0.48mmから3.43±1.25mmの範囲が認められ、U2-U3の6mmとU1-U2の8mmのところで群間に有意差が認められた。
 最もひろいところは3群ともU1-U1で、最も狭いところはU1-U2であった。
 また、すべての群のすべての範囲において、6mmと比較して8mmの方が歯根間距離がひろかった。

 
考察

・過去のケースレポートでは、矯正用インプラントを使用することで、上顎大臼歯の挺出やバイトオープンすることなく、過度な上顎前歯部歯肉の露出を改善することができたと報告されている。
 Hyper-divergentは咬合力が弱い傾向にあり、過去の研究によると、顔面のDivergenceが増加すると咬合の機能が低下すると報告されている。
 咀嚼筋による咬合力は上下顎の形成に寄与しており、特に皮質骨の厚みと密度に関係している。
 筋ジストロフィーの患者さんでは咀嚼力が弱いため上下顎の構造や位置に大きな影響を与えている。
・顔面のdivergentと皮質骨の厚みに関しての過去の研究はほとんど、矯正用インプラントの埋入部位として広く用いられている上下顎臼歯部について評価されている。
Hyper-divergentとHypo-divergentとを比較した研究では、前者が後者に比べて有意に薄かったとしており、犬歯遠心から第二大臼歯近心までの歯槽長から4mm低位の部分を調査した研究でも同様の結果であった。
・今回の研究では上顎前歯部について評価した。
その結果、皮質骨の厚みはU1-U2、U2-U3でそれぞれの骨格パターンで有意差が認められた。
 過去の前歯部についてU1-U1、U1-U2の皮質骨の質を調査した研究では、皮質骨の厚みは3つの骨格パターンでほとんど同じであったと報告されている。
 今回とこの研究との結果の違いは、垂直的な骨格パターンの定義の違いによるものであると考えられる。
今回の研究では、CBCTの撮影範囲の問題からPp-Mpを使用したが、上記の研究ではSN-MpとFMAを使用していた。
・皮質骨の厚みは、U1-U1からU2-U3に移動するにつれて増加する傾向にあり、U1-U1と比較してU2-U3では有意に厚かった。
 上下顎歯槽頂から2-6mmの範囲における皮質骨の厚みを評価した過去の研究結果も同様であり、この研究でも、前歯部から臼歯部に行くにつれて皮質骨の厚みが増加していた。
 矯正用インプラントの埋入において、皮質骨の厚みは非常に重要であり、皮質骨の厚みが1mm以上あると成功率が91.5%と高く、皮質骨の厚みが薄いと成功率が80.4%に低下すると報告されている。
 これより、矯正用インプラントの埋入にける皮質骨の厚みの閾値は1.0mmであるとされている。
 今回の研究では、上顎前歯部皮質骨の厚みは0.81mm-1.35mmで、すべての骨格パターンにおけるU1-U1とHyper-divergentにおけるU1-U2は1mm以下であった。
そのため、これらの骨格パターンと埋入部位の組み合わせにおいては、矯正用インプラントの埋入にあたり注意が必要であると考えられる。
 しかし、これらの部位には埋入することができないということではなく、埋入方法や矯正用インプラントのデザインを考慮することで適応することが可能であると考えられる。
・今回の研究において、Normo-divergentとHyper-divergentの皮質骨の厚みに有意差が認められた。
 過去の研究によると、上下顎前歯部の皮質骨の厚みはHigh-angleで薄かったと報告されている。
同様の研究結果であった研究では、U1-U1には切歯管があるため、特にHyper-divergentにおいて同部に矯正用インプラントを埋入する際は、皮質骨への接触面積を広くとることと切歯管への埋入を避けるため、斜めの方向に埋入するか、もしくはCEJから8mm以上上方に埋入するのが望ましいと報告されている。
しかしながら、8mm以上上方に埋入することで粘膜組織を刺激し、矯正用インプラントが脱落しやすくなってしまう。
 矯正用インプラントの埋入において、角化歯肉に埋入する方が可動粘膜に埋入するよりも成功率が高いとの報告がなされている。
また、粘膜に埋入する場合、矯正用インプラントの頭部は外科的に粘膜で覆うのが望ましいとされている。
 矯正用インプラントの長さは、成功率を上げるために8mm以上であることが良いと考えられ、矯正用インプラントの埋入において理想的なのは、Normo-divergentとHypo-divergentのU1-U2、U2-U3とHyper-divergentのU1-U2のCEJより8mmのところであると考えられる。
・矯正用インプラントの埋入において、歯根接触には注意を要する。
 今回の研究では、歯根間距離は1.5±0.49mmから3.43±1.25mmであった。
この結果は過去の研究データ(2.28±0.60mmから3.88±1.25mm)よりも値が小さかった。
 この違いは、今回の研究における測定法は歯槽硬線間の距離を測定しており、以前の研究では歯根表面間の距離を測定していたことによると考えられる。
 矯正用インプラントの埋入において、歯周組織に侵入していなければ、歯根に近いところに埋入されても成功率には影響がないと報告されている。
通常使用される矯正用インプラントの直径は1.2-1.6mmであることから、Normo-divergentとHyper-divergentのU1-U2の6mmのところ以外であれば、矯正用インプラントの埋入において歯根間距離は問題にならないと考えられる。
・本研究結果から、上顎前歯部における矯正用インプラント埋入に最適な部位の条件は以下の通りである。
 皮質骨の厚みが1mm以上、歯根間距離が1.6mm以上、歯槽骨の厚みが矯正用インプラントの長さ(8mm)に十分に適応できるところ。
 以上の条件を満たす部位は、Hypo-divergentのU2-U3の6mm、8mmのところ、Normo-divergentのU1-U2の8mm、U2-U3の6mm、8mmのところ、Hyper-divergentのU2-U3の6mm、8mmのところである。
しかし、このHyper-divergentの部位に関しては、歯槽骨の厚みに関しては十分ではないと考えられえる。
それでも、斜め方向に埋入することで可能であると考えられる。

 まとめ

・上顎前歯部において、Hyper-divergentはHypo-divergentもしくはNormo-divergentと比較して皮質骨の厚み薄かった。
 そのため、矯正用インプラントの埋入においては注意が必要であり、埋入時には脱落のリスクも説明する必要があると考えられる。
・皮質骨と歯槽骨の厚みと歯根間距離において、矯正用インプラントの埋入において最適な部位は、どの垂直的骨格パターンにおいても側切歯-犬歯間である可能性が示唆された。

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