日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。
Effects of various debonding and adhesive clearance methods on enamel surface: an in vitro study.
BMC Oral Health. 2017 Feb 27;17(1):58. doi: 10.1186/s12903-017-0349-6.
Fan XC, Chen L, Huang XF.
緒言
ブラケット装置装着において、エッチングとダイレクトボンディング法が初めて紹介されたのは1955年のBuonocoreと1965年のNewmanによるもので、それ以降矯正臨床は劇的に改善された。
ブラケット装置除去(Debond)時には、エナメル質表面を可及的に動的治療開始時の状態に回復させることが望まれる。
もしもこの手技が不適切であると、クラックや破折を惹起し、知覚過敏やカリエス、歯髄炎のリスクが惹起される。
そのため、Debondは慎重に行うべきであり、Debondにはブラケット除去と接着剤の除去の2つのステップに分けられる。
ブラケット除去においては、機械的な方法、化学的な溶解、超音波スケーラーによるもの、レーザーによるものなどが紹介されているが、機械的な方法が最も一般的に用いられている。
過去の研究によると、Debondの力が>11.3MPaだと、エナメル質にクラックが生じてしまい、7.3MPaの弱い力だと生じづらいうと報告されている。
また、別の研究では、垂直的な力は剪断力と比較してエナメル質にダメージを生じさせづらいとの報告もなされている。
Debond時にプライヤーの刃ををブラケットのウイングとベースの間に入れる方法と、ブラケットのベースとエナメル質表面に入れる方法とで比較した研究では、前者の方が有効であり、プライヤーを、ブラケットのウイングに引っ掛け、引っ張り力をかけることで歯にトルクをかけることがなかったと報告されている。
しかしながら、これらの研究では、接着剤除去後のエナメル質表面の微細構造の変化については観察されていない。
接着剤の除去については、ダイヤモンドバー、タングステン カーバイトバー、ポリッシングカップに研磨用の粉を用いるもの、超音波スケーラーによるものなどがあり、最近の方法では、サンドブラスト、ポリッシング ディスク、二酸化シリコーン ポリッシャー、Nd YAGレーザーを用いたものなどが紹介されている。
ダイヤモンドバーやタングステン カーバイトバーを用いると、効率は良いが、エナメル質表面に溝や摩耗が生じてしまう。
そのため、これらを用いる場合、2次的なポリッシングが必要である。
One-Glossポリッシャーは、Debonb後の良好なポリッシングが可能である。
しかしながら、カーバイトバー使用後にOne-Glossポリッシャーを用いることで変色が生じやすいという報告がされている。
一方、12枚刃のタングステン カーバイトバーとSof-Lexディスクを用いることで、エナメル質の損傷が最低限に抑えられるとの報告があり、走査電子顕微鏡による評価では、Sof-Lexディスクを単体で用いることで、エナメル質表面が滑沢であったとの報告もなされている。
また、Sof-Lexディスクとタングステン カーバイトバーとでは、エナメル質表面の損傷に差が認められなかったとの報告もされている。
これまで、多くの研究では、ブラケット装置の除去と接着剤の除去を単独で評価しており、さらに、多くの研究において、正確な判定に不可欠な定量的評価が行われていない。
そこで、本研究では、2つのブラケット装置の除去法と3つの接着剤の除去法におけるエナメル質表面の比較をし、有効なDebond法を確立することにした。
対象と評価法
・12-18歳で、矯正治療における便宜抜歯のために抜歯をした上顎小臼歯48本とした。
・対象歯は、立体顕微鏡で10倍の大きさに拡大して観察した。
・対象歯は、頬側において、抜歯後にエナメル質にクラックやカリエスが認められず、H2O2などの化学的な薬剤が使用されていないものを使用した。
・すべての対象歯は精製水で洗浄、デブライトメントを行い、細菌の繁殖を防ぐため、0.5%クロラミン-T溶液にて24時間室温保管した。その後、最大6ヵ月間、4°の蒸留水を毎週交換し、保管した。
・ブラケット装置の装着においては、まずフッ素を配合していない研磨剤にて清掃、水洗し、10秒間乾燥した。
・48本のうち12本を対照群としてブラケット装置の装着を行わなかった。
残りの36本について、35%リン酸ゲル(Gluma)にて30秒間エッチングを行い、30秒間水洗し、乾燥した後白斑になっているかを確認した。
その後、エナメル質表面を蒸留水にて湿性にして、RMGIC(Fuji Ortho LC)にてボンディングを行った。
RMGICは光重合型のため、近遠心、切端側と歯頸側から計10秒間、合計40秒間光照射(CL-628, Beyond, 400-480nm, 最小光強度900mW/cm2)を行った。
・ブラケットは、.024” メタルブラケット(TOMY)を用い、Facial Axis of the clinical crownに沿って、Facial Axis pointに装着した。
その後、37±2°の水で24時間保管し、5-55°で500サイクルのサーモサイクルを行った。
・すべての術式において、一人の術者が行った。
・ブラケット装置を装着した36歯を、プライヤー(Shinye)でブラケット除去を行った18本と、エナメルチゼル(Jinzhong)でブラケット除去を行った18本にランダムに振り分けた。
プライヤーを用いた場合は刃はウイングとブラケットベースの間に入れ込み、チゼルを用いた場合も刃はウイングとブラケットベースの間に入れ込んだ。
チゼルは、ブラケットへの衝撃が剪断力として働き、ブラケットの除去を行った。
・ブラケット除去後、エナメル質を立体顕微鏡で10倍に拡大して観察した。
・Bisharaによって紹介された余剰レジンの指標(Adhesive remnant index; ARI)の変法を用い、歯面の接着剤を定量的に評価した。
・ARIに関して、1- 接着剤が認められない、2- 10%以下の接着剤が残っている、3- 10-90%の接着剤が残っている、4- 90%以上の接着剤が残っている、5- すべての接着剤が残っていると定義した。
・それぞれの方法でブラケット除去を行った後、接着剤の除去について評価するため、6歯ずつランダムに、以下の3群に振り分けた。
– 注水下で、高速でダイヤモンド フィニッシングバー(TC-11EF, MANI)を用いて全体的に除去し、その後、One-Glossポリッシャー(Midi, Shofu)にてさらなる接着剤の除去と研磨を行った群
– Super-Snapディスク(Shofu)を用いて接着剤の除去を行った群で、最初に残留している接着剤を除去するためにMedium(紫色)を用い、次いで研磨のためにFine(緑色)、Super fine(赤色)を用いた群
– One-Glossポリッシャーのみを用いて接着剤の除去と研磨を行った群
・これらについて、手技にかかった時間を計測した。
・上記の3群と対照群について、エナメル質表面の粗さを評価するため、Surface roughness taster(JB-4C, Temin Optical Instrument Group)を用いた。
その測定項目は、絶対的な表面の粗さの加算平均として表された平均的な粗さ(Ra)と、5ヵ所の最も高い頂点と、5ヵ所の最も深い頂点による10ヵ所の高さの不規則さ(Rz)の2項目である。
ちなみに、Raはエナメル質表面の全体的な粗さを評価することができ、Rzは計測面積が少ないものの評価に適している項目である。
結果
・ブラケット除去において、2群間にARIで有意差は認められなかった。
・接着剤除去におけるチェアタイムについて、ダイヤモンドバーを用いた群は他の2群と比較して有意に短かった。
また、Super-Snapを用いた群はOne-Glossを用いた群と比較して有意に短かった。
・接着剤除去におけるエナメル質表面の粗さについて、RaとRzでダイヤモンドバーを用いた群は他の2群と比較して有意に高かった。
また、Rzにおいて、Super-Snapを用いた群は対照群、One-Glossを用いた群と比較して有意に高かったが、その他の項目ではそれぞれの群に有意差は認められなかった。
・SEMを用いた定性的な評価において、対照群のエナメル質では横紋とクレーターがみられた。
一方、ダイヤモンドバーを用いた群では、エナメル質表面に引っ掻き傷や厚く深い溝や傷痕が認められ、状態は最も悪かった。
・Super-Snapを用いた群のエナメル質表面は滑沢で、浅い引っ掻き傷は認められたが、深い傷跡はほとんど認められなかった。
・One-Glossを用いた群のエナメル質表面の状態は最も良く、浅い引っ掻き傷もわずかしか認められなかった。
考察
・今回の研究におけるブラケット除去の方法は、引っ張り力を用いるチゼルと、剪断力を用いるプライヤーである。
ARIは、レジンの破砕を5段階で評価する国際的な方法であり、スコアが高いことは、接着剤とブラケットとの境界面により近いところで破砕が生じていることを示している。
今回用いた方法では、最も多かったスコアが両群とも3-5で、ともにブラケットと接着剤の境界面か接着剤内部での破砕が生じていた。
これは、臨床的には有利な事で、ボンドが接着剤とエナメル質との境界面で破壊された場合、ブラケット除去時にエナメル質の破砕が生じることになってしまう。
ARIは破砕部位について評価することはできるが、エナメル質表面のその他のダメージついては評価することができない。
SEMによる50倍に拡大した像の評価では、チゼルを用いた9歯のうち5歯で余剰接着剤除去後にクラックが認められた。
さらに、クラックが認められた5歯のうち1歯で絵何ル質の破砕が認められた。
この変化は、プライヤーを用いた群では認められなかった。
Bisharaは、11.3MPaを超えるDebond力をかけるとエナメル質のクラックが生じることを報告している。
今回のプライヤーを用いた群では、プライヤーの刃をエナメル質とブラケットのベース面でなく、ブラケットのウイングとベース面の間に位置させた。
過去の研究によると、力のかかるポイントがブラケットとエナメル質の境界面から離れているほどブラケット除去に要する力が少なくなると報告されていることからも、今回のプライヤーを用いた方法ではエナメル質表面にクラックが認められなかったと考えられる。
一方、チゼルの場合はブラケット除去において瞬間的に大きな衝撃力がかかるため、エナメル質へのダメージが生じやすいと考えられる。
・Debond後にエナメル質表面が粗造であると、プラークが蓄積しやすくなり、着色や歯肉炎を惹起してしまう。また、プラークにより口腔内のpHが低下し、脱灰しやすくなり、カリエスの生成を促進してしまう。
そのため、滑沢なエナメル質は、審美的にも脱灰を防止するためにも重要である。
・以前は接着剤の除去にダイヤモンドバーやタングステン カーバイトバーが用いられていたが、現在はDebondにおいて、バー単体で使用されることはない。
バーによる摩耗は、エナメル質の粗造につながるため、その後にポリッシングの過程が必要不可欠である。
タングステン カーバイトバーが最も一般的に使用されている道具であり、過去の文献によると平行な溝が形成されると報告されている。
これは、臨床的にはダイヤモンドバーにおいても同じ傾向で、ダイヤモンドバーの方がより効率的である。
今回の研究においても、ダイヤモンドバーとOne-Glossを用いた方法が最もチェアタイムが短かったが、SEMと表面の粗さを評価する方法では、エナメル質の外見が最も悪かった。
ダイヤモンドバーにより深い溝と傷痕が形成され、One-Glossポリッシャーではそれを減少もしくは回復することができなかった。
過去のRMGICを用いた研究では、カーバイトバーとOne-Glossを併用する方法はカーバイトバー単体よりも良いが、カーバイトバーとSof-LexもしくはPoGoポリッシャーを併用する方法が有意に良かったと報告されている。
これは、フィニッシングバーの後にOne-Glossポリッシャーを用いても完全には回復することができないことを意味しており、フィニッシングバーと二酸化シリコーン ポリッシャーとの様々な組み合わせは、接着剤の除去において不適切であるということを意味している。
・One-Glossポリッシャーを用いた群では、エナメル質の表面が滑沢であり、浅い傷跡もほとんどみられず、SEMにおいても未処置のエナメル質の表面と形態が類似していた。
しかしながら、チェアタイムが最も長かった。
・過去の研究によると、酸化アルミニウムでコーティングされた研磨用ディスクであるSof-LexはSuper-Snapと似ており、未処置のエナメル質の表面の形態と類似していた。
今回の研究における立体顕微鏡での観察では、Super-Snapを用いた群では、いくつかの深い傷跡や浅いものもみられたが、ダイヤモンドバーを用いた群よりははるかに良好であった。
Super-Snapを用いた場合、チェアタイムは3群のうち真ん中であり、過去の研究で報告されているよりも今回の研究では時間を要した。
これは、今回はポリッシング時に歯にかける圧を弱くしたためと考えられる。
・今回の研究では、エナメル質表面の変化の理解を深めるため、SEMを利用したが、SEMの評価は主観的な視覚によるものであり、Surface roughness testerなどの定量的な評価法では、より信頼性の高い群間比較を行うことが可能である。
Raはエナメル質表面の全体的な粗さを表すことができるが、浅いもしくは深い溝の間の深さの不規則性や違いについて示すことはできないため、表面の粗造性について完全に言及することはできない。
そのため、今回の研究では、5ヵ所の最も高いところと深いところでの平均的な距離を計測するRzを用いた。
このRzは、最も高いところと最も深いところの距離を計測するよりも安定した計測が可能である。
・ブラケット除去において、ともにARIのスコアが3-5と高く、カイ二乗検定では有意差が認められなかった。
これは、接着剤除去前のエナメル質への接着剤の残っている状況がほとんど同じてあることを示している。
そのため、今回の研究では、接着剤の除去における表面の粗さの測定について、2つのサンプルを組み合わせて評価した。
その結果、ダイヤモンドバーを用いた群ではRaが0.433±0.172μm、Rzが2.202±0.791μmで群間比較で最も荒く、SEMによる評価でも同様であった。
過去の研究において、ナノフィラー コンポジットポリッシャーと酸化アルミナ粒子配合ディスクを用いたところ、Raが0.125-0.260μmであったと報告されている。
今回の研究では、Super-Snapを用いた場合、Raが0.141±0.073μmで、酸化アルミナ ディスクを用いたものと数値が近似していた。
One-Glossを用いた場合、エナメル質表面が最も滑沢であり、未処置のエナメル質表面と比較してRa、Rzともに有意差が認められなかった。
一方、Super-Snapを用いた群では、RaはOne-Glossを用いた群や対照群と比較して有意差が認められなかったが、Rzは有意に高かった。
これは、Super-Snapを用いてもエナメル質表面のダメージはほとんどないが、数か所に深い溝が認められることを示している。
そして、この傾向は、SEMによる評価でも同様であった。
・今回の研究では、RMGICを用いたが、他の材料についても同様かどうか、今後検証する必要がある。
まとめ
・ブラケット除去において、プライヤーを用いることでエナメル質のクラックのリスクを減少させることができる。
そのため、チゼルを用いるよりもプライヤーを用いた方がより安全である。
・ダイヤモンドバーを用いると、エナメル質表面に大きなダメージを与えてしまい、これによって生じた深い溝や傷痕は、One-Glossによって減少もしくは回復させることが不可能である。
・Super-Snapによる接着剤の除去は、臨床的には問題がないものの、いくつかの深い傷跡が観察された。
・One-Gloss二酸化シリコーン ポリッシャーを単体で用いることで、未処置のエナメル質表面とその性情はほとんど変わらなかったが、他の方法と比較して、最も時間がかかり、効率が悪かった。