院長ブログBlog

矯正治療; 上顎前歯部の後方移動について

カテゴリ:T.A.D.

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

Combined Use of Retraction and Torque Arch with Mini-Screws: A Cephalometric Study

Turk J Orthod. 2018 Mar;31(1):1-6.
Mihri Amasyalı, Fidan Alakuş Sabuncuoğlu, Şeniz Karaçay, Mehmet Doğru, Handan Altuğ


緒言

 Class II div.1もしくはClass I Bimaxillary dentoalveolar protrusionの患者さんでOver jetが大きい場合、上口唇の突出とConvex typeの側貌を呈する。
 この場合、顎口腔系の機能の確立のため、上顎前歯の遠心移動が重要な役割を担う。
 そして、前歯の遠心移動を行う前に、固定源の強度について正確な治療計画を立案する必要がある。
 最大の固定とは、抜歯空隙の75%以上を前歯部の遠心移動に要するものである。
この最大の固定を実現するため、従来はトルクコントロールとティップバックベンド、顎間ゴム、顎外装置、パラタルバー、ホールディングアーチなどが用いられている。
 また、絶対的な固定が必要な場合は、矯正用アンカースクリューが用いられる。
 近年、成長期のどの段階においても埋入でき、埋入後の即時負荷が可能で、患者さんの協力が不要なため、固定減としてミニスクリューがひろく用いられている。
 矯正用アンカースクリューは暫間的に用いられる固定源であり、その表面形態は滑沢であり、オッセオインテグレーションが生じるようには設計されていない。
 そのため、長期的に機能させたり審美的な目的で使用されることはなく、固定源としての役割が終了した段階で除去される。
 一般的に使用される矯正用アンカースクリューはマイクロスクリュー、ミニスクリュー、ミニインプラント、パラタルインプラントである。
 上顎前歯の遠心移動において、Baeらは、上顎第二小臼歯-第一大臼歯間にマイクロインプラントを埋入し、クローズド コイルスプリングを用いる方法を紹介している。
 Kawakamiらの研究では、上顎第一大臼歯-第二大臼歯間にミニスクリューを埋入し、このミニスクリューを大臼歯のバンドとつなげることで間接的に固定源の強化を行う方法が紹介されている。
 Upadhyayらの研究では、ミニスクリューを用い、上顎6前歯を一塊にして、150gの力で遠心移動させる方法が紹介されている。
Parkらの研究でも同様にミニスクリューを用いて上顎6前歯の遠心移動を行う方法が紹介されており、ミニスクリューを用いることでおよそ4ヵ月治療期間を短縮することができ、固定源の喪失もわずか0.26mmだったと報告されている
 Retraction & torque arch(R&T)はF. G. Sanderによって開発されたもので、前歯部はSuperelastic NiTi wireからなり、臼歯部はStainless steel wireからなる、前歯部と臼歯部の2つの異なる成分からなるものである。
前歯部のワイヤーは.018”と.022”の両方のブラケットサイズに対応したいくつかのサイズのものがあるが、臼歯部のワイヤーサイズは.017×.022”だけであり、前歯部のワイヤーは、トルクが30°と45°のものがある。
 そして、前歯部と臼歯部との接合部に前歯部遠心移動のためのStainless steel retraction armがロウ着されており、このArmにClosed coil-springsを引っかけて前歯部の遠心移動を行う。
 今回の研究では、このR&Tとミニスクリューとの併用における有効性を評価した。

 

対象

 12人の患者さん(平均年齢 21.2±3.1年)を対象にした。
採択基準は以下の通りである。
・永久歯列期で、先天性欠如歯を認めない
・Class II div. 1で、明らかな上顎前歯の唇側傾斜を認める
・Over biteは正常範囲内である
・下顎前歯部のA.L.D.が3mm以内である
・過度なOver jetの改善として上顎両側第一小臼歯の抜歯と最大の固定が必要である
・成長が終了している
・先天的な疾患が認められない

 治療方法

 第一小臼歯の抜歯後、ホールディングアーチと.018” slot Roth bracketを装着した。
 Leveling時は0.16×0.16” Stainless steel archを用い、犬歯の遠心移動としてLace-backを併用した。
 その後、第二小臼歯-第一大臼歯間にミニスクリュー(Miniscrew AbsoAnchor, Dentos; 直径1.3mm、長さ8.0mm)を埋入し、前歯部のワイヤーサイズが.016×.022”でトルクが45°のR&Tを装着した。
 前歯部の遠心移動を行うため、Closed coil-springs(Sentalloy, Tomy)を用いてミニスクリューとR&TのVertical fook 間に150gの力になるようにかけた。
 この前歯部遠心移動の時期は3週間ごとに来院してもらい、調整を行った。
 その後、Settlingのために顎間ゴムを使用した。
 

 評価法

 すべての患者さんにおいて、Levelingが終了した前歯部遠心移動前(T1)と前歯部遠心移動終了時(T2)においてL-Rを撮影した。
 骨格的な評価のため、SNA、SNB、ANB、Nv-A、Go、Y-axis、SN/PP、SN/MPを計測し、歯槽的な評価のため、SN/Occ、SN/1、NA/1、NA-1、Over jet、Over biteを計測した。
 また、上顎前歯の水平的な移動を測定するため、FH平面との垂線でSellaを通る線(SV)を設定し、上顎中切歯の切縁-根尖の長さを測定した。

 結果

・36本のミニスクリューはすべて、前歯部遠心移動終了時まで脱落していなかった。
・すべての患者さんにおいて過度のOver jetは改善され、犬歯関係Class I、臼歯関係Class IIが達成された。
・平均的な前歯部遠心移動期間は217±34日だった。
・骨格的な変化として、SNAとNv-Aが有意に減少しており、A点周辺の骨のりモデリングが生じたことを表していた。
・SNAの減少によりANBが有意に減少していた。
・歯槽的な変化として、上顎前歯の遠心移動により、SN/1、NA/1、NA-1、Over jetが有意に減少していた。
・上顎中切歯の切縁-根尖間距離を垂直的に評価したところ、有意に減少していた。
 これは前歯部遠心移動において、前歯部の歯体移動がなされたことを示している。
・第一大臼歯咬頭長とSV間の距離は増加していたが、有意ではなく、固定源の喪失はほとんど認められなかった。
・A点での骨のりモデリングと前歯部遠心移動によりNasolabial angleが減少したが、有意ではなかった。


考察

・疫学調査によると、不正咬合のうちAngle Class II div.1の占める割合が一番多いと報告されている。
 成人において過度なOver jetを改善する方法のひとつとして上顎両側第一小臼歯の抜歯を行い、前歯部遠心移動を行う方法がある。
 今回の研究ではこの方法を使用し、R&Tとミニスクリューを用いて過度なOver jetを改善した。
・Rickettsらは、上顎4前歯と犬歯に叢生がみられる場合は、上顎4前歯と犬歯のそれぞれに分けて遠心移動することを推奨している。
 そのため、今回の研究では、上顎4前歯の遠心移動に先立って、まず犬歯の遠心移動を行った。
・今回の研究ではR&Tの前歯部トルクが45°のものを用いた。
 その理由は、前歯部舌側傾斜を防ぎ、歯体移動を行わせるためである。
・今回の研究における加強固定として、上顎第二小臼歯-第一大臼歯間にミニスクリューを埋入し、Open coil-springsを用いて空隙閉鎖を行った。
 Samuelsらの研究では、Elastic moduleよりも150-200gのClosed coil-springsを用いた方が前歯部遠心移動において有効であると報告されており、150gのClosed coil-springsと200gのClosed coil-springsとでは前歯部遠心移動において有意差はなかったとの報告もなされていることから、今回の研究では150gのOpen coil-springsを使用した。
・垂直的基準平面であるSVにおいて、第一大臼歯根尖-近心咬頭頂の長さを測定したところ、固定源の喪失は認められなかった。
 一方、Dincerらの研究では、PG springを用いた場合もOpen coil-springsを用いた方法でも、ともにパラタルバーを併用したのにも関わらず固定源の喪失がみられたと報告されている。
 Upadhyayらの研究では、前歯部の遠心移動時にミニスクリューを使用した場合と、ミニスクリューを用いずに従来の方法で行った場合、ミニスクリューを用いることで固定源の喪失がみられなかったと報告されている。
 Parkらの研究とYaoらの研究でもともにミニスクリューを用いた場合と、ミニスクリューを用いずに従来の方法での固定源の喪失を比較した結果、ミニスクリューを用いた場合の方が固定源の喪失が少なかったと報告されている。
・今回の研究において、SN/1、NA/1、NA-1が有意に減少していた。
 R&Tにおける左右のStainless steel retraction armの高さは側切歯歯根の1/2で、力線が上顎4前歯の抵抗中心を通るように設定した。
 これにより4前歯の歯体移動を行うようにしたが、これは傾斜移動と比較してより難しく、時間もかかる移動様式である。
 SVにおける上顎中切歯根尖と切縁の距離の計測により、根尖は8.2mm、切縁は9.1mm遠心移動しており、これは、傾斜はあまり認められなかった。
 Class II div.1の抜歯治療について調査したDemirらの研究によると、トルクコントロールの不足により、上顎前歯は歯体移動よりもむしろ傾斜移動が優位であったと報告されている。
 Sarikayaらの研究では、上顎前歯を遠心移動する際、切縁が4.5mm舌側に移動するとすれば歯頚部は3.0mm、根尖は1.5mmの遠心移動にとどまると報告されている。
 今回の研究における前歯部の移動様式は、完全な歯体移動というよりはむしろControlled tippingであった。
 上顎前歯部遠心移動の際にミニスクリューを固定源として使用したUpadhyayらの研究では、上顎前歯は最初Controlled tippingし、その後、ある程度の歯体移動がなされたと報告されている。
・Nasolabial angleは軟組織(鼻尖)と軟骨(鼻柱)からなり、上唇とともに前方成長する。
 いくつかの研究では、抜歯によりNasolabial angleは有意に変化すると報告されている。
 しかしながら、AlmediaらはNasolabial angleは有意な変化をしなかったと報告している。
 今回の研究では、Nasolabial angleはあまり変化していなかった。
 これは、評価の際の基準平面の違いや、軟組織の厚みや緊張状態は非常に個体差があるため、サンプルによる軟組織の厚みの違いによるものであると考えられる。
・今回の研究において、前歯部の遠心移動によりA点付近のリモデリングが認められた。
 前歯部遠心移動後にSNAが減少していたことから、治療後に前頭蓋底においてA点がより後方に位置していたことがわかる。
 このSNAの減少によりANBも減少していた。
 この結果は、4本の小臼歯を抜歯した症例と非抜歯の症例とを比較したBravoらの研究結果と同様であった。
 また、Vardimonらの研究では、歯根が後方に移動することで唇側皮質骨のりモデリングが認められたと報告されている。
・今回の研究では、口蓋平面、咬合平面、下顎下縁平面に有意な変化は認められなかった。
 第一小臼歯の抜歯をした場合としなかった場合での比較を行ったStaggersらの研究では、両群ともに下顎下縁平面に有意な変化は認められなかったと報告されている。
 これは、Conleyらの研究、Weyrichらの研究の結果と同様である。
 今回の研究では、Over biteに著しい変化は認められなかった。
これは、前歯部は著しい後方移動がなされたものの、垂直的な変化は認められなかったということを意味している。
・今回の研究では対照群を設けておらず、また、治療法も単一であった。
 そのため、今後の研究課題としてにおいて、前歯部遠心移動において対照群を設け、他の治療法との比較を行うことが必要である。

 まとめ

・R&Tとミニスクリューの併用により、固定源の喪失をすることなく効果的な前歯部遠心移動を行うこと達成された。
・R&TのVertical retraction armsを側切歯根尖と歯槽骨最深点との間に位置させることにより前歯部遠心移動の力線が上顎4前歯の抵抗中心を通るため、より歯体移動に近い移動をさせることが可能であった。

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