院長ブログBlog

矯正治療: 裏側矯正について

カテゴリ:Lingual Appliance

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。

Patient care in lingual orthodontics

JJLOA. 2015: (25); 59-69
ICHIRO AIZAWA


緒言

 舌側矯正治療は,装置の審美性や患者の生活環境から、大変魅力的な治療方法として年々舌側矯正装置で治療を希望される患者も増加している。
 そこで、本文献では、 舌側矯正治療においてでおこりやすい初期トラブルとその対応策について考察した。

舌側矯正の開始前に患者に伝えておくべき事については、以下の通りである。

1. 発音障害
 ブラケットが歯の内側に装着される事により、装着当初は舌への違和感や発音障害が生じる場合がある。 
 矯正前の歯列弓形態や使用するブラケットの種類、舌癖を含む舌のポスチャーにも左右される事ではあるが、上顎舌側に装置装着された場合は、発音や構音への影響が大きい。
 また、下顎に装着された場合は舌への違和感を強く感じる。
 発音に関しては、日本語では「さ」、「た」、「ら」行の音に、英語では「th」に影響が出やすいと報告されている。
 装置に慣れるまでの期間について、最近の比較的小さな装置では、1 週間前後で発音への影響は軽減する。
 また、話す事を職業にされている方は慣れも早いと言われている。
 しかしながら、舌側矯正治療を希望される患者さんは成人層が大半を占めているため、装着直後に講演やプレゼンテーションなどのスケジュールがある場合は、避けていただくなどの工夫も必要である。

2. 舌への違和感や痛み
 狭窄した歯列や、側方歯の叢生が強い場合には、特に舌側縁部や舌の最後臼歯部に痛みを訴えることが多い。
 また、最後臼歯のブラケット装置からワイヤーが抜け、軟組織に刺さるなどの症状が生じることがある。 
 対応としては、ワックスの圧接、軟性レジン仮封剤(エバダインプラスなど)でカバーをするなどがある。
また、ブラケット間ワイヤー部分には、スリーブを通すことで痛みや違和感を軽減させる事ができる。
 クワドヘリックス、バイヘリックスなどで歯列の拡大をした後にブラケットを装着することで、舌への違和感の軽減を図ることが可能である。
 舌側矯正の場合は唇側矯正と比較し、ブラケット間スパンが短い。
そのため、イニシャルワイヤーとして .010”NiTi、.012”NiTiなどのSuper-elastic NiTiを用いることが多い。
 しかし、第一大臼歯-第二大臼歯間距離は舌側も唇側も大差はなく、舌や食塊がワイヤーへ当たり、ワイヤーがたわむ事で最後臼歯チューブから抜け出る事がある。
 レベリングステージでは第一大臼歯までのブラケット装置装着にとどめたり、ワイヤーエンドの処理を確実に行うことで対応することが望ましいと考えられる。
 舌への違和感については、舌側に装着された器具の構造により、装着当初は避けられない。
 そして、患者さんの習癖にも大きく左右され、舌位、異常嚥下癖、Tooth contacting habitsにも影響される。
この違和感について、舌側装置だから仕方ないと諦めるのではなく、スポットの意識やタングポッピングなど、症状にあった筋機能訓練を行うことにより、動的治療が円滑に進むと考えられる。

3. 咬合挙上とリンガルボタン
 過蓋咬合の場合、上顎前歯舌側面に装置が装着されることで対合歯との早期接触が生じ、咀嚼時の違和感や下顎前歯切端エナメル質のチッピングなどが生じる場合がある。
この際は、臼歯部咬合面にレジンを築盛し、一時的な咬合挙上を行う場合がある。
しかし、咬合挙上は患者アンケート結果でも辛かった事の上位にあげられると報告されており、安静位空隙量を大きく超える咬合挙上は強い違和感を生じる可能性が高いため、注意が必要である。
 レジンを築盛する部位について、通常は大臼歯の機能咬頭に行う。
咀嚼時には、約60% は第一大臼歯相当部咬合面に食塊を集めて食事をしていると報告されていることから、第一大臼歯を選択する場合が多いと考えられる。
1歯のみに築盛するのか、小臼歯-大臼歯まで数歯にわたって挙上するのかは、症例に応じて選択すべきである。
 下顎からブラケット装置を装着し、前歯部の垂直的クリアランスを少しでも改善した後、上顎にブラケット装置の装着を行う事も有効である。
 Vertical controlとして、矯 正用アンカースクリュー(Temporary anchorage divices: TADs)を併用し、積極的前歯部の圧下を行った後、対合へのアプロー チをするのも良い方法であると考えられる。
 ワイヤーエンドのトラブルについて、初期にはアーチワイヤーが最遠心のブラケット装置から抜け出て、舌にひっかかるなどのトラブルが生じる場合がある。
 これについて、Kurz ヒンジキャップやクリッピータイプでは、シンチバックをした後に挿入し、キャップを閉めることで回避できるが、チューブの場合、ワイヤー挿入後のシンチバックが的確に行えない場合があり、舌圧や食塊などによりワイヤーがチューブ抜け出る可能性がある。
このトラブルは特にイニシャルワイヤーで生じやすく、患者さんが装置への不快感を持っている中でのトラブルは、十分な配慮が必要である。
 対処法として、フロアブルレジンでレジンボールを作り、ブラケット装置からアーチワイヤーが抜け出ないようにする方法がある。
 ワイヤーエンドがブラケット装置から抜け出てしまうことは、ブラケット間距離の短い舌側矯正が唇側矯正よりも生じやすい。
加重-たわみ率から考えて、イニシャルワイヤーは唇側矯正よりも舌側矯正の方がサイズダウンする必要があるため、余計に生じやすい。
 治療過程がすすみ、アーチワイヤーの剛性が高くなることで、このリスクは減少する。
 最遠心歯に装着するブラケット装置も、症例の状態やバイオメカニクスにより、チューブタイプやヒンジキャップチューブ、ブラケットを使い分けることがあるので、症例によって対応の方法が異なると考えられる。
 顎間ゴムについて、上下顎舌側にリンガルブラケット装置を装着すると、顎間ゴムの装着が困難である。 
 前歯部の垂直ゴムやII級、III級ゴムなどは上顎舌側から下顎舌側へは装着しづらい。
これは、顎間ゴムの装着時間の減少にもつながり、動的治療期間の延長を惹起してしまう可能性がある。
 このような場合は、クリアーのリンガルボタンを犬歯唇側面に接着して対応することが可能である。
しかし、舌側矯正を希望されている患者さんでは、見える所には一切装置をつけたくないという場合もあるので、事前に承諾を得ておく事が必要である。
 
4. 清掃について
 舌側矯正は唇側矯正と比較し、カリエスリ

スクは低いと報告されているが、むし歯にならないということではないため、適切な清掃は必要不可欠である。
また、成人の割合が多い舌側矯正において、年齢の増加とともに歯周病への罹患率が高いという背景がある。しかし、口腔内において、舌側矯正の場合は唇側矯正と比較し、ブラケットスパンが短いことから、歯ブラシの毛先が入りにくく、挿入角度が限定されるので、磨き残しがでやすい。このため、補助的清掃器具を用いることが重要ではあるものの、治療前の TBIはもちろんのこと、毎回の来院時にワイヤーを外して徹底的な清掃を行い、歯周組織へのアプローチも大切である。
専門的なクリーニングとしては、超音波スケーラー、ソニックブラシ、フロスと手用歯ブラ シなどが用いられており、日常のメインテナンスとしては、通常の歯ブラシに加えて、タフトブラシ、スーパーフロスの使用法を指導し、磨く順番についても、磨きづらいところから先に行っていただくように指導することは有効であると考えられる。
また、補助的な清掃器具として、水圧と気流で歯間部の汚れを除去する器具も効果的である場合がある。

5. 歯周組織への対応
 舌側矯正のブラケット構造と装着部位により、清掃しにくい部位は歯頚側であり、不十分な清掃状態がつづくと歯肉炎が惹起されてしまう。
 Debond時には、上顎舌側歯頚部に歯肉の腫脹が認められることが多いが、Debond時に歯肉縁下に残った接着剤を完全に除去するのではなく、歯ブラシにより歯肉の腫脹が回復した次回来院時に残存接着剤を除去した方が患者への負担が少ない。
 歯肉の腫脹に関して、咀嚼時に食塊は上方(上顎ブラケットの歯頚部方向)へ入り込みやすく、上顎歯肉にトラブルを起こしやすい。
 また、ブラケットが脱離し、歯面とブラケット間に食片が入り込み続ける状況を次回来院時まで放置すると、部分的に著しい歯肉退縮が生じる場合がある。
 そのため、違和感が生じた時は早急に来院する必要性を説明しておくべきである。
 毎回の調整時にはブラケット周囲の機械的歯面清掃を行うが、特に下顎前歯部は歯石の沈着が生じやすく、ブラケット装置の構造によってはワイヤーの結紮が困難になったり、前歯部遠心移動時に結紮線がブラケット装置から外れてしまう。
 このことで大きな後戻りが生じ、再度レベリングが必要になる場合もある。
 近年のリンガルブラケット装置は小型化しており、ウイングも短いため、少量の歯石沈着でも結紮が困難になる場合がある。
 また、歯頚側ウイングの下はスケーラーチップが挿入しづらいため、先端に角度がついたチップを使用してクリーニングを行うのが効率的である。
 さらに、ブラケットスロット内にも歯石が沈着することにより、レクトアンギュラー ワイヤーのブラケット底部までの挿入が困難になる。
これにより、トルクコントロールが不十分になってしまう。
 このため、部位によりスケーラーチップを使い分けることが大切である。
 特に、下顎舌側歯肉は、上顎舌側歯肉と比較してブラケット下部への歯石沈着により歯肉退縮が惹起されやすいため、注意が必要である。
 固定源としてTADsの使用頻度が高くなっており、スクリューヘッドやアタッチメント周囲の清掃も大変重要である。
 舌側矯正患者は成人層が多いため、歯周疾患リスクの高いだけででなく、便宜抜歯部位の歯槽骨の早期の退縮が認められることがある。
 舌側矯正の場合、レベリング-トルクの確立-アンマスリトラクションと、唇側矯正と比較して抜歯空隙の閉鎖を開始するまでに期間を要する傾向にある。
 この間に顎堤の吸収が生じ、歯の移動に支障をきたすことがあるため、抜歯症例と診断されても, 便宜抜歯のタイミングを十分考慮する必要があると考えられる。
 毎回の調整時には歯の動きに良く観察するだけでなく、歯周組織を注意深くチェックする必要がある。
そのためには、プラークコントロールや歯周管理のシステムを構築しておくことが有効である。

まとめ

 舌側矯正治療では,唇側矯正治療で生じづらいようなトラブルが生じることがある。
 それを事前に回避、説明することが大切であり、動的治療を開始したばかりの患者さんにとって不安要素をもたせないような取り組みが必要になる。
 矯正治療は機能的な改善が主たる目的ではあるが、審美的治療を求めてくる患者さんはご自身で思い描いているゴールが高く、些細と思われる事柄でもマイナスイメージを強く持つことがある。
 マズローの要求5段階においても、審美的要素が大きいほど、患者さんが求めているゴールも高く、治療過程にも求めているところも高くなる。
 ノンテクニカルスキルの向上に努めて治療にあたることが、クオリティーの高い治療に結びつく可能性が示唆された。

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