院長ブログBlog

矯正治療; 上顎前歯部外傷に対する矯正学的なアプローチについて

カテゴリ:Articles

日々の臨床に役立たせるための、矯正治療に関する論文を紹介します。


Management of traumatically intruded young permanent tooth with 40-month follow-up

Aust Dent J. 2014 Jun;59(2):240-4.
V Chacko, M Pradhan

 

緒言

 圧下方向への歯の脱臼は、外傷の中でも珍しい。
その割合は、永久歯列では外傷の中の0.3-1.9%で、好発年齢は6-12歳である。
 その程度は外傷の中でも重度で、歯や歯根膜細胞、歯根膜線維、歯髄や歯槽骨の損傷を引き起こすことがある。
 子供で根尖閉鎖がなされていない歯にこのタイプの外傷が起こると、根尖部組織が切断され、根尖の開大部に歯槽窩が侵入してしまうおそれがある。
 治療法については、選択肢がたくさんあるため、何が最適かを判断するのが難しく、経過を観察して自然萌出を待つ、外科処置もしくは矯正治療にて動的処置を行うなどがある。
 また、圧下方向の脱臼は治癒期間において歯髄壊死、さらなる炎症性の吸収、置換性の吸収、辺縁歯槽骨の吸収などを合併することがある。
 本文献は、重度圧下が生じた9歳の小児の症例報告である。


対象と経過

 9歳の男の子で、上顎前歯部の痛みを主訴に来院した。
その日にお家で転倒したが、意識障害や鼻や耳からの出血はなく、口腔内からの出血は認められたものの、自然に止血したとのことだった。
 オトガイ部に擦り傷があり、下唇には腫脹と浮腫が認められた。
 口腔内所見として、下唇に直径6mmの潰瘍を認めた。
また、上顎右側中切歯は圧下されており、臨床的歯冠長は1mmであった。
 レントゲン所見では、ペリアピカルにて上顎右側中切歯が圧下されており、反対側である上顎左側中切歯と比較して歯根膜腔の狭窄と根尖の開大が認められた。
 また、上顎右側中切歯は短くうつっており、歯根の唇側傾斜が疑われた。
 上顎右側中切歯は歯髄電気診とアイステストにて反応せず、反対側中切歯を参考にすると、約6mm圧下されていた。
 上顎左側中切歯の根尖もまだ閉鎖していないため、患側である上顎右側中切歯の歯根完成度も同程度と判断された。
 このため、まずは自然萌出を期待して経過観察を行うことにし、抗菌剤(amoxycillin, 500mg, t.i.d.)を5日分、鎮痛剤(Ibugesic Plus, Cipla, t.i.d.)を3日分と含嗽剤として0.2% クロルヘキシジン(Clohex 150, Dr Reddy’s)を処方し、5日後に来院するよう指示した。
 2回目の来院時、間歇的な中等度の自発痛があり、触診により、上顎右側中切歯唇側歯肉溝から排膿が認められた。
しかし、上顎右側中切歯に打診痛や動揺は認められず、5.5mm圧下していた。
 患部をポピヨンヨードにて洗浄し、メトロニダゾール軟膏(Metrogyl, Merto Gel, Intra Labs)を処方し、1週間後に来院するよう指示した。
 3回目の来院時、引き続き排膿を認め、Grade Iの動揺を認めた。
ペリアピカルにて上顎右側中切歯歯根に外部吸収を認めたため、口蓋側にフラップ手術を行い、5.25% 次亜塩素酸ナトリウム、生理食塩水とクロルヘキシジンにて殺菌消毒を行い、根尖を水酸化ヨードホルムペースト(Metapex; Meta Biomed Ltd, Cheongju)にて封鎖した。
 1週間後の経過観察において、動揺や排膿はみられず、圧下量は4.5mmになっていた。
 患者さんには、圧下量が4.0mmになるまでは2週間毎、それ以降は1ヵ月ごとに来院するよう指示した。 また、水酸化カルシウムは3ヵ月毎に交換した。
 5ヵ月後のレントゲン診査において、根尖にカルシウムによるバリアがなされており、外部吸収の進行は停止していた。
 10ヵ月後には検束と同程度まで自然萌出がなされた。
 水酸化カルシウムについては、外部吸収の進行を防ぐため、継続して行うことにした。
 24ヵ月後に歯根の強化と歯根破折を防止するため、ガッタパーチャーとシーラー(AH Plus, Dentsply De Trey GmbH)にて根管充填を行い、グラスファイバーポストコア(Mirafit 3 in 1, Hager Werken)をデュアルキュア セルフアドヒーシブ レジンセメント(Rely X U 100, 3M ESPE)にて合着し、患者さんには6ヵ月後の来院を指示した。
 上顎右側中切歯に自覚症状はなく、打診、動揺度、プロービング デプスも問題なかった。
 最後の来院は受傷後40ヵ月で、自覚症状はなく、プロービング デプスも問題なく、正常に機能していた。 レントゲン診査においても、炎症や外部吸収は認められなかった。
 その後、患者さんには6ヵ月後との来院を指示した。

 考察

・圧下方向への歯の脱臼は稀な事であるが、歯根膜、歯槽骨を破壊したり、歯髄への栄養を遮断してしまう可能性があるため、外傷の中でも重症なもののひとつである。
 最近の研究では、3.0mm以内の圧下であれば予後は良いが、6.0mmを越えて圧下してしまったものは予後が著しく悪く、歯髄壊死や炎症性の歯根吸収が生じる可能性を報告している。
・圧下方向への歯の脱臼に対する治療法は、自然萌出を期待して経過観察を行うか、外科的もしくは矯正的に歯の移動を行うかである。
 後者の利点としては、圧迫されている部分を開放することによりセメント質の沈着により治癒が良好で、アンキローシスの可能性を減らすことが可能である。
また、早期からの歯内療法が可能であるため、炎症性の歯根吸収を防ぐことができる利点もある。
 しかしながら、外傷を受けた歯に対してさらなり力をかけることにより、治癒期間にいおいて合併症を引き起こすリスクがある。
 今回の症例では、多くの文献により圧下された未熟な歯は自然萌出する可能性があると報告されていることから、それを期待して経過観察をすることにした。
 この経過観察においては、2010年のBritish Society of Pediatric Dentistryのガイドラインと2012年のInternational Association of Dental Traumatologyにより推奨されている。
 経過観察の欠点としては、歯根吸収が進んでしまう可能性があるということである。
圧下されている状態では、吸収を停止させるための歯内療法を行うことが手技的にできない。
 また、圧下された状態がつづくと、隣在歯がその場所に傾斜したり移動したりしてしまうという報告がなされている。
 そのため、根未完成しの外傷による圧下の場合、数週間経過観察を行って自然萌出しない場合は、矯正的に歯の移動を行うべきであり、7mm以上の圧下がみられる場合は外科的な治療を行うべきであると考えられる。
・圧下方向への歯の脱臼による一般的な継発症は歯髄壊死、辺縁歯槽骨の喪失、炎症性根吸収や外部吸収である。
 これは歯根完成度、患者さんの年齢や圧下の程度によって異なる。
 根未完成歯では、根尖と歯根膜との間に距離があり、血管再生が起こりやすいため、歯髄壊死や歯根吸収は生じづらい。
また、この年代の歯槽骨は弾性に富むため、歯根膜への打撃に対してクッションになりやすいことも継発症が生じづらい理由のひとつである。
 今回の症例では、受傷後15日で歯髄壊死の疑いと外部吸収が認められた。
 この時点ではまだ圧下された状態であったため、歯内療法を行うために口蓋側にフラップ手術を行った。
洗浄と殺菌・消毒を行い、水酸化カルシウムにて根管充填することで吸収が停止し、根尖の閉鎖がなされた。
 いくつかの文献では、歯肉切除と水酸化カルシウムによる根管治療を行うことで萌出が促進されると報告されている。
・自然萌出を促すためには、萌出障害になっている歯肉組織の除去が必要である。
 今回の症例では、歯肉切除は行わなかったものの、水酸化カルシウムを用いたことで自然萌出が促されたと考えられる。
・水酸化カルシウムを用いる場合、その治療期間については十分に考慮すべきである。
 あまりにも長すぎると、歯根象牙質が弱くなり、歯自体が破折しやすくなる。
 その適切な治療期間については明確なエビデンスがないものの、レントゲン診査において歯根膜腔のスペースが確保され、無傷の歯槽硬線が存在し、吸収が休止していることが確認され、根尖が閉鎖した時期が良いと報告しているものもある。
 今回の症例では、吸収が停止するまで水酸化カルシウムを使用した。
その他の報告としては、水酸化カルシウムの欠点を補うため、ミネラル三酸化物を用いることを推奨しているものもあるが、圧下された歯への血管再生の効果についてはまだまだ研究が必要である。
 しかしながら、ミネラル三酸化物を幼若永久歯に用いる場合、象牙細管がひろいため、最近による刺激が侵入しやすいため、十分注意する必要がある。

 

 まとめ

 今回の症例では、根未完成で、外傷により重度に圧下した永久歯において自然萌出がなされた。
 しかしながら、早期のフラップ手術や歯肉切除術と長期的な観察が、様々な合併症を防ぐためには重要である可能性が示唆れた。

To the Top